百十六話 希少素材を求めて・九
「ワシも手を出すぞ、構わんな」
「それはもちろん構わない、いやこちらから頼みたいくらいだが、しかし……」
ここにヴァルアスがいることに気付いた時から、デッドたちの方にしても事情はもちろん察していた。
つまりそもそもの目的からすると、取り分での合意など望めるはずもなく、協力して戦うことはありえない。
だが、それはあくまでも冒険者として依頼をこなすうえでの話だった。
事ここに至っては、この国に住まう者として、そして魔獣の脅威に立ち向かう人族として、なんとしてでも荒れ狂う暴威を阻止しなければならない。
また、情報分析に長けたクルミはもちろん、デッドもラカンも飛んできた理術や火矢が意味するものを既に察していた。
とはいえ、今は使い捨てにされた理不尽や不義理に憤っている余裕すらない。
「ィィィィイイイイイイイッ!」
ズガガガガッ
すでに錯乱状態になっているらしく、血の痕で軌跡を残しながらウォーターリザードは自らの縄張りを荒らしまわる。
つい先ほどは確かに戦いの相手――デッド、ラカン、クルミ――を睨みつけていたように見えたが、今のウォーターリザードにとっては、それよりも目の前の岩や木への敵意の方が大きいようだった。
「……」
生物かどうかすら問わない狂った戦闘意欲に、冒険者としてそれなりに経験豊富なデッドの頬を汗が伝う。
そして超人とまで呼ばれる彼を怯ませているのは、それだけではなかった。
「――ッ!」
静かになり、まるで今気づいたとでもいうような仕草で、ウォーターリザードが再び目を向けてきている。
その周囲はきれいに均されて、魔獣の血が混じった泥に石ころや木片が沈んでいる光景となっていた。
湿地帯であるこの辺りはそれなりに見通しが良いが、モノがなかったわけではない。
低木や岩がそれなりに存在し、敵意をひきつけるデッド以外のラカンとクルミがうまく身を隠しながら戦える程度の環境だった。
しかしこの短い時間でそれらが見事に姿を消していた。
もちろん、まだデッドの視界には元の湿地帯の景色の方が多く残っているが、見える全てがあのウォーターリザードの周囲と同じように均されるまで、大した時間が必要でないことも明白だ。
つまりこの状態のウォーターリザードが暴れて移動し、そして人里へと辿り着いたとしたら……、その時は家や人が“均される”。
一瞬前まで、ヴァルアスと共闘してここで魔獣を仕留めようと考えていたデッドは、その考えが、刺し違えようという覚悟すら、甘かったことを痛感していた。
「ここで止めないと……っ」
悲痛とも受け取れる、やや震えの混じったクルミの声に、デッドは大斧の柄をぎゅっと握って闘志を湧き立たせようとする。
「自分がここで時間を稼ごう……。これほどの相手…………まさに望んでいた死闘っ!」
その時、一歩前に踏み出したラカンがそう告げた。
その顔はどこか今のウォーターリザードにも通じる色味を宿しており、ただの責任感だけではないことが読み取れる。
だがデッドはこの双剣士がただの戦闘狂ではないことをよく知っていて、そして自分こそがこの冒険者パーティのリーダーだと自負してもいた。
「一人じゃ難しいだろ、俺もこっちだ。……で、ヴァルアスさん、多分これは俺たちの甘さが招いた状況だ。その上で虫がいいとは思うんだが、そいつを連れて逃げてくれ。あんたなら権力者にもすぐに話が通せるはずだし、桔梗会の私兵を英雄が率いれば……あれが相手でもなんとかなるだろう」
「けどっ!」
言い返そうとしたクルミが言葉に詰まる。
ヴァルアスの名声がどうであろうが、一軍を編成して動かすのには時間がかかる。そして今にも飛び掛かってきそうなウォーターリザードの速さを考えると、その間にアカツキ中央部一帯は破壊しつくされることは容易に想像できた。
それでも、伝説級の冒険者であれば、一人をかばってこの死地から生き延びるくらいはできるだろう、とデッドとラカンは考えて託そうとしている。
あるいは怒れる魔獣の寿命がつきるまでうまく方向を逸らして、人里への被害を抑えることすらできるかもしれない、とも。
しかしそれもこれも一旦ヴァルアスがこの場を離れる時間が、ほんの少しでも猶予として確保できてこそ。
そう考えての言動だった。
「それは断る」
まっすぐにウォーターリザードを睨み据えたヴァルアスが発した一言に、デッドは表情を暗くする。
やはり自分たちの意思ではないとはいえ、敵対的な立場になってしまった以上は、仲間を守ってくれなど甘かったかと思っていた。
しかしデッドのその考えは違う。そして伝説というものを低く見積もり過ぎている。
「お前らで守ってやればいいだろう。ワシは……今からあれを斬らんとならんからな」
緊張感ある低い声音で、しかしまったく怯えのないしっかりとした口調で告げられたヴァルアスの言葉に、三人の冒険者は一瞬呆けた表情を見せた。
それは、時間を稼ぐでも方向を逸らすでもなく、はっきりとした討伐宣言だった。
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