百十七話 希少素材を求めて・十
デッドは思わず、ヴァルアスの方へと手を伸ばそうとした。
「…………あ」
だが、結局は上げかけた手をすぐに降ろす。
ヴァルアスよりは若い自分達を助けるために、自ら犠牲になって時間を稼ごうと志願したように思えたが、それは違うと直感したからだった。
その背中から感じ取れるものは、冒険者として自分たちとは隔絶した高みにある“格”。
デッドは……そしてラカンとクルミも、この瞬間にそれを思い知らされた。
「リーフ、全力で振るうぞ」
「はい、切れ味よりも頑丈さを、ですね?」
「それでいい」
抜き放った魔剣と対話するヴァルアスの両目は、すでにウォーターリザードだけを見据えている。
そしてそのまま駆けだした老冒険者の背中へ、三人ともそれ以上の言葉を投げることができなかった。
「……あんな角……生えてたか?」
「なかった、と思うよ」
「ススキで出会った時には、少なくとも見た目は尋常の人族であったな」
少し距離が離れてから、そして戦闘を開始する姿を見ながらも、ぽつりぽつりと交わされた会話はそんな内容。
側頭部から角が生えた人族など、「正体は実はドラゴンであったのか!?」とでもなりそうな大事であるには違いないが、この場においてその話題はどこか現実逃避じみていた。
「せめて、周囲の警戒をしよう。クルミ、特に負担を掛けるが、何かあれば俺とラカンが全力で防ぐから索敵に集中してくれ」
「うむ、そうだな」
「わかったよ」
そんな空気を払って、少しだけ力を取り戻した目で見まわしながらのデッドの提案に、ラカンとクルミもしっかりと頷く。
おそらくはとっくに撤退済みではあろうが、この最悪の状況を招いた者がまだ潜んでいるかもしれない。
その警戒だけでもと、そしてできることはしようと、自分たちが見ただけで震えあがってしまった魔獣に立ち向かう背中に思うのだった。
*****
ガァァアアンッ!
大きな激突音。
まるで大鐘を乱暴についたかのようなその音は、ヴァルアスが突撃の勢いそのままにウォーターリザードの頭を斬った音だった。
いや、斬った音というのは正確ではなく、斬ろうとして叩きつけた魔剣が頭頂部のうろこに弾かれた音、だ。
硬いうろこと強靭な肉体により、そもそもが高い防御力を誇るウォーターリザードだったが、逆鱗を破壊されて命の最後の灯を燃え上がらせる今、凶暴性に比例するように防御力までも高まっていた。
「話に聞いた以上だな、これは」
「彼らが恐れてしまうのも無理はなかったですね」
「……」
どこか皮肉が込められているようにも聞こえるリーフの言葉に、ヴァルアスは閉口する。
疑似精霊にそういった感情があるのか、という何度も考えた疑問もあったが、それ以上に冒険者という存在そのものを批判されたようにも感じられたからだった。
「怯んでいたとはいえ、それでも実際にあいつらは相当強い。双剣使いと斥候もかなりのものだろうが、特にあの体格のいい大斧使い、デッドだ。あれ程の威圧感を放つ者はスルタのギルドでも一人くらいしか心当たりはない」
「そしてマスターは彼らをはるかに超越します。あの速さで逃げに徹されると厄介でしょうが、激昂しているのでそれもなさそうですし、状況次第で私も理術で補助しますので」
だが早口のヴァルアスに対して、空気など読まないリーフは素直に持ち主を称賛し、そして言葉の後半では、もはやウォーターリザードとの戦いしか意識にはないのが明らかだ。
「マスター? 来ます」
そして、一撃目の衝撃から立ち直ったウォーターリザードが前脚を振り上げて攻撃態勢に入ったことを淡々と伝える。
「む、あ、あぁ……」
どこか締まらない雰囲気でありながら、しかし強敵を目前にしたヴァルアスの口端は不敵な角度に吊り上がっていた。
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