百十五話 希少素材を求めて・八
デッド、ラカン、クルミの三人が順調に戦いを進め、ヴァルアスが離れた場所からそれを見守るという状況がしばらく続いた後で、状況は思わぬ方向から変化する。
「……っ!?」
「これはっ!」
異変を察知したのは攻撃に参加しながらも斥候役として周囲に気を配り続けていたクルミと、離れて俯瞰していたヴァルアスだった。
「何っ! 誰っ!?」
大きな声をクルミが発したことで、デッドとラカンも表情を厳しくするが、だからといってこの状況で何か対応ができる余裕もない。
「魔力の流れ……理術です!」
リーフの鋭い声に呼応して右側頭部から竜角を生やしたヴァルアスが低く跳躍して移動した。
その移動先がちょうど射線上であったことを、飛来する火球を見てヴァルアスは確認する。
詠唱の声も聞こえないほどの遠くから放たれてきたこの理術の火球は微妙に狙いが逸れているようで、ウォーターリザードにも、それと戦う冒険者たちにも当たる軌跡をたどっていない。
しかしだからといって、掛け声もなく放たれたこれを援護とみなして見送ることもできなかった。
なにより、今彼らが戦っている相手はウォーターリザードだ、何かの偶然でこれが腹部側を焼くような結果になれば、目も当てられない。
「ふぅん!」
魔剣を抜き払う勢いで斬りつけられた魔力の火は、そのまま幻でもあったかのようにあっさりと消え去った。
持ち主の意を汲んだリーフが、ヴァルアスの有り余る魔力をうまく制御したことで為された“理術斬り”だった。
「……」
この調子なら何度繰り返されようが防げる。相手の正体は不明ながらもヴァルアスがそう感じ、そして同時に不安を抱いて視線を後ろへ向ける。
「気を付けろっ!」
そこで一瞬だけクルミと目があった時に、ヴァルアスは膨れ上がった不安を声にして叫んだ。
距離があっても十分に届いた警告に、魔獣の正面に立つデッド以外の二人は身を固くして備えようとする。
ヒィゥン!
それはヴァルアスが立つのとは反対側から、戦いの場へと向かって矢が飛来する音。
そして矢じりに巻かれた布には油が染みているらしく、大きくはない火を灯していた。
「「「……?」」」
それがウォーターリザードから、そして自分たちからも離れた位置の地面に突き立ったことに、冒険者たちは首を傾げる。
狙いを外したにしても少し距離があった。そして二の矢三の矢が飛んでくる気配もない。
「こっち!!」
そこで裏返った声で悲鳴のように叫んだクルミがウォーターリザードから離れる方向へ駆け出し、その剣幕に問い返すこともなくラカンと、そしてデッドも続く。
ズガァァン!
「何か仕込んであったのか!」
駆けだした冒険者たちがかろうじて距離をとったところで、突き立った火矢から地を奔った火花はある地点の地中を爆裂させた。
おそらくは、爆薬と魔導具の複合的な爆発。その大きな破壊力が……ウォーターリザードの真下で威力を発揮する。
離れていたために一部始終を見届けたヴァルアスは、仕草と声で三人へと合図を送り、自分の方へと寄ってくるよう指示していた。
「ィィィィィィ」
焼けた腹部をさらしてひっくり返るウォーターリザードが異様な唸り声を上げる。
誰が――それは全くもって見えず正体がわからなかったが、何を――それは明らかなことだった。
「な、何でっ! こんなっ!?」
「どう、なっているんだ……?」
「気に食わんな」
大きな疲労も感じさせずにヴァルアスの近くまで来たクルミ、デッド、ラカンが口々に戸惑う。
「キイイイィィィィ!」
そしてこれまでとは違う、金属をこすり合わせるような耳障りで甲高い鳴き声で、ウォーターリザードは体勢を立て直し、血の流れる腹部も気にせずに正気を失った目を向けてきたのだった。
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