百四話 アカツキの古ダヌキ・七

 唸りながらゼツを眺めていたヴァルアスだったが、しばらくして顎ひげを撫でながら口を開く。

 

 「ゼツ少年が魔導具職人なのはわかったが……、それをなぜ今連れてきたんだ?」

 「……はあ」

 「っ!?」

 

 浮かんだ疑問をそのまま口にしたヴァルアスだったが、顔のすぐ横から聞こえた小さな溜め息に訳もわからず驚いた顔をした。

 

 だが面識がなく随分と年上であるとはいえ、音に聞こえた英雄との結婚を初めから選択肢に入れていないサラサの様子と、今も時おり視線を交わす若い二人を見ていれば、その鈍さに衝撃を受けたいのはリーフの方だった。

 

 「おれの」

 「ゼツ君っ」

 

 サラサを指差して短く告げられたゼツの言葉に、サラサは頬を赤くして微かに表情を綻ばせる。

 

 「…………あぁっ!」

 

 そして右拳を左手の平に落としたヴァルアスは、ここでようやく二人の関係を理解したという様子をみせた。

 

 「ごほん、まあそれで状況は理解した」

 

 少しだけバツが悪そうにしながらも、ヴァルアスは何とか場を仕切り直す。

 

 「それで、どうする?」

 

 それはタキがさせようとしていることは結局何なのだということと、それに対してサラサはどうしようというのだ、という二つの質問を兼ねていた。

 

 ヴァルアス個人としては、せっかくノースで商売を始めたばかりでもあり、できる限りは穏便に済ませたいところだったが、どうしようもないとなれば強行突破も辞さない覚悟だ。――それはただの踏み倒しともいうが。

 

 「おれの魔導具」

 「「――?」」

 

 あまりに簡潔な回答をしたゼツに、ヴァルアスとリーフが揃ってぽかんとした表情を向けた。

 

 「ゼツ君は本当に優秀な職人で、画期的な魔導具の発明まであと一歩というところ、なんです」

 

 朴訥なゼツに慣れているのか、サラサが横から補足情報を告げてくれる。

 

 「水の魔導具。従来品の出力、十倍」

 「水がすごくでる、ということか?」

 

 ヴァルアスの頭には、旅の途中などで重宝される水の魔導具が浮かんでいた。

 

 新鮮な水を魔力がある限り無尽蔵に出せる水の魔導具は、旅というものの有り様を変えたほどの画期的なものだ。

 

 しかしそれが勢いよく出ようが、一度に大量に出ようが、それは大したことであるとは、ヴァルアスには聞こえなかった。

 

 「ヴァルアスさんは冒険者ですからぴんとこんかもしれへんですが、すごいんです。町中に一つ埋め込めば魔導具が無い家にも水を届ける、なんてことも夢ではなくなるかも……なんですよ」

 

 ヴァルアスの表情を見て、サラサはさらに説明を付け足す。

 

 それでも武骨な老英雄には「便利な話だな」というくらいにしか聞こえなかったが、商人の家系に生まれ育ったこの少女がここまで言うからには、それはレンジョウイン家が婚約者として迎える者の“箔”として十分なのだろう、と納得した。

 

 「まあ、うん……それはわかった。で、何が問題なんだ?」

 

 ようやく、というべきか、ヴァルアスは本題へと切り込む。

 

 技術的なことであればゼツが頑張ることであるし、金銭的なことならサラサが援助すればいいことだった。

 

 それでもこの状況に及んで、そしてこうしてヴァルアスが話を聞かされているということは、何かしらの武が求められる状況にあると予想される。

 

 「新型魔導具はほぼできてる。あと、足りないのは素材。ウォーターリザードの背びれ」

 「それはまた難儀な……」

 

 ゼツから告げられた必要なものを聞いて、「なるほどそれは生半可な冒険者では無理だ」とヴァルアスは納得した。

 

 ウォーターリザード――それはケイブリザードやフォレストリザードのようなただの大トカゲとは一線を画す凶悪さで、水辺の悪夢とも呼ばれる紛うことない災害級魔獣の名前だった。

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