百三話 アカツキの古ダヌキ・六

 「ちょっと、ここで待っててください」

 

 そういってサラサは一度部屋から出て行った。

 

 「……」

 「……」

 

 残されたヴァルアスは椅子に、そしてリーフはその肩に座って無言で待つ。

 

 タキが解決させたがっている問題というものの存在を匂わせたサラサは、おそらくその説明に必要なものを取りに行ったと思われた。

 

 「初めから用意しておけ」とヴァルアスは考えないでもなかったが、結局のところとして、サラサとしてもひと目でもヴァルアスを見て言葉を交わしておきたかったのだろう。

 

 つまりは、今の短い会話で最低限の信頼は得られたらしかった。

 

 「お? これは……」

 

 しばらくの後、近づいてくる足音を聞いて、ヴァルアスは片眉を小さく上げて驚く。

 

 「二人、ですね」

 

 リーフも今気づいた様子をみせた。

 

 “木”造建築の中でリーフの探知が利くのかどうかをヴァルアスは知らないが、少なくとも今は耳で判断したようだ。

 

 何にせよ、サラサが離れたのは何かを取りにいったのではなく、誰かを呼びにいったということが理由だった。

 

 それからは時間もかからず、サラサは一人の少年を連れて戻り、再びヴァルアスの対面へと着席する。

 

 「ふむ……」

 

 初対面であることを内心で確認しながら、ヴァルアスは正面を見ていた。

 

 サラサと同じ黒い髪をやや長く伸ばした彼は、どこか緊張感に欠けた目でヴァルアスを見返している。

 

 それは何かの意図がある訳でも、自分を不躾に見てくる老人に反発している訳でもなく、ただ何も考えていないだけに、少なくともヴァルアスからは見えた。

 

 「あ、えっと、ゼツ君です。こちらは」

 

 何も言わない少年に慌てて、サラサはおたおたと紹介をする。

 

 なんとも情報不足な紹介であると感じたヴァルアスが、サラサから視線を外して再びゼツというらしい少年を見ると、場にしばらくの沈黙が流れた。

 

 「…………うん」

 

 何かを言うのかと期待していれば、しばらくの沈黙を経て小さく首肯する。

 

 そして再び沈黙が流れたことに、小さく体勢を崩して驚いていたヴァルアスよりも、隣に座るサラサの方が耐えられなかった。

 

 「そ、そうやなくて、ゼツ君。紹介! 自己紹介をせんと!」

 「……ああ」

 

 それでようやく彼は自分が今期待されていることを知ったという表情を浮かべる。

 

 「ゼツ・ショウギ。……魔導具とか、作ってる」

 「ほう」

 

 どこかゆったりとした、言葉を選ばず表現すれば間の抜けた雰囲気をした少年が、若くして希少な魔導具職人であると名乗ったのを聞いて、ヴァルアスはここまでの経緯も吹き飛ぶ想いで感心の呻きを漏らしたのだった。

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