百二話 アカツキの古ダヌキ・五
後頭部側をリボンで結んだ黒髪がさらりと揺れて、やや切れ長の目は不安そうに細められる。
気弱な性分が表情に出ているものの、どちらかといえば凛々しいその顔の造形からこの少女がタキの孫娘に間違いないとヴァルアスは確信していた。
「お前の祖母、タキに結婚の件を断ると伝えにきたんだが……まあ、そう簡単にはいかなくてな。一旦お前……サラサでいいのか? と話をしにきた」
ヴァルアスが「お前」というたびに怯えた様子を見せる少女を相手に、ヴァルアスは表面上では平然としつつも言葉を選びながら話す。
ただでさえ大柄で顔も厳ついヴァルアスは、特に子供から怖がられることが多かったが、だからといってそれで慣れて平気ということもなかった。
だがそんな隠れた苦労とは関係なく、言葉を聞いたサラサは少し間を空けてほっとしたように息を吐く。
一般的なことでいえば、申し込んだ結婚を断りに来たと宣言されれば、怒るか悲しむかが普通。
だからその仕草で、ヴァルアスは自分の直感が正しかったと改めて感じていた。
つまり、タキが進めようとするこのサラサとの結婚話は、誰も実現を望んではおらず、おそらくはタキ自身も、何か別の意図があるのだろう。
「あ……とりあえず中に……」
そこで立ち話でする用件ではないと思い至ったのか、家の中へと入って行くサラサにヴァルアスもついていった。
*****
「そうですか……」
その家には使用人のような人間はいないらしく、小さな応接間に案内し茶をだしてくれたのはサラサ自身だった。
そして建物の外観とは違って王国や帝国風になっていた板敷きの応接間では、簡素な椅子に掛けて向かい合ったヴァルアスからここまでの経緯を説明し終えたところだ。
ちなみに、外では肩にのった小さなリーフには気付いていなかったらしく、互いに座って簡単に自己紹介をした後で、ヴァルアスは久しぶりにこの童話の妖精のような姿をした魔剣の説明をした。
「あの……ヴァルアスさんの予想通りやと、思い、ます」
ヴァルアスが事情説明のついでに披露したタキには何か裏の意図があるという予想を、サラサはおずおずと肯定する。
タキと比べて地域特有の訛りが薄いサラサだったが、それ以上に気弱そうな話し方が違う印象を与えていた。
タキはこの孫娘を自分よりも数段賢いと評していたが、相手の反応を過剰気味に窺うこの性質はそれ故だろうか、とヴァルアスは感じている。
「(なるほど箔をつけたい……か)」
あのタキが身内びいきで人を見る目を曇らせることなどありえなかった。
とすると、このサラサは“本物”なのだろう。
だからこそこの素人目にも商売に不利そうな性格を補うような武器が欲しいのだろう、とヴァルアスは内心で納得した。
「本当にあのタヌキババ……あ、いや、タキは普通に頼めば良いだろうに……」
「くすっ」
ほぼ言いかけた悪口を、そういえば目の前の相手は孫だったととっさに誤魔化して愚痴を続けたヴァルアスに、対面してから初めてサラサは小さく笑う。
それで緊張が解けたのかはわからないが、しっかりとヴァルアスの目を見てから口を開いた。
「祖母はこの国の会頭ですから。シャリア王国を拠点として活躍してきた英雄に、後継者に関係する問題を頼むことなんてできひん、です」
気弱さの下から顔をのぞかせた理知的な様子に、ヴァルアスは内心で舌を巻く。
この年頃の少女が、自分の結婚を中心とした話を客観的に捉えている辺りは、やはりタキの孫で違いなかった。
「その話しぶりからすると……、つまりはタキがワシにさせたいことってのに、サラサは見当がついているのか?」
「……はい」
具体的にタキが望んでいることがわからず、飲めるはずもない結婚話をどう回避したものかと悩んでいたヴァルアスだったが、聡明な少女にはとっくに腹案がある様子。
その事に一瞬表情を明るくしたヴァルアスだったが、段取りよくここへと案内されたことを考えると、そこまで含めてやはりタキの手の平の上かと改めて察して、再び渋面を作るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます