百五話 アカツキの古ダヌキ・八

 ここまでに得られた情報で、ようやくヴァルアスの中では話が一本の線で繋がる。

 

 アカツキ諸国連合の会頭であり、桔梗会の商会長でもあるタキ・レンジョウインは、その絶大な地位を後継者である孫娘サラサに譲ろうとしていた。

 

 それは盲目的に決定された世襲などではなく、サラサという少女はそれに見合うだけの賢さを備えているからだ――タキの言を信じるのならば。

 

 だが、そこで大きな問題に直面した。

 

 タキが偉大過ぎる故か、あるいはサラサが奥手であるが故か、どちらにしても現状ではその継承を周囲に納得させるだけのものが足りないらしい。

 

 サラサがタキの見込み通りに優秀なのであれば、とにかく初めの印象さえなんとかなれば、後は結果がついてくるだろう。

 

 その為に、サラサの恋人である若い魔導具職人ゼツ・ショウギが完成間近に漕ぎ着けている新型魔導具がちょうどよい、どころか余りあるほどであるらしかった。

 

 生きた伝説といえるほどの商人が、見目麗しい若い孫娘へと地位を継承する。そしてその次期会頭の傍らには、画期的な発明という実績を引っ提げた将来有望な魔導具職人が婚約者として立つ。

 

 ヴァルアスが思うに、いかにもタキが好みそうな筋書きであった。

 

 しかしそこで、再び大きな問題に直面する。

 

 ゼツが新型魔導具の開発を完了させるためには、凶悪な魔獣であるウォーターリザードの背びれが必要であるらしい。

 

 もちろん、タキであれば希少な素材も入手できるであろうし、優秀な冒険者に依頼することも可能であろう。

 

 しかしそれでは結局、タキがいなければ次期会頭は何もできないと、周囲に印象付けてしまいかねない――いや、そうならなくてもそのように吹聴する輩は必ず出てくるだろう。

 

 つまりタキやサラサに必要だったのは、頼まなくても自発的に、そんな高難度の依頼に挑んでくれる酔狂な冒険者だった。

 

 そのために実施されることとなった茶番のせいで、ティリアーズは少なからず傷つき、自身は焦ったのかと考えると、ヴァルアスも腹が立たない訳ではない。

 

 だがそこは若き日の自分がアカツキに置いてきた不義理のせいなのだ、とヴァルアスはその不満をサラサやゼツには聞こえないように飲み込んだ。

 

 「……難しい討伐だが、まあわかった。ワシが請け負おう」

 

 こうして、老英雄は東方の地まで引っ張られて翻弄され、結局は冒険者らしく魔獣討伐をすることになったのだった。

 

 「とりあえずはこの経緯をタキにも報告してくる」

 「はい、その後は色々と情報も伝えたいので、戻ってきてくださいね」

 

 内心で「報告も何もあのタヌキババアの計画通りなんだろうが、な」と愚痴を浮かべていたヴァルアスは、目の前で気弱そうでありながらもさらりとした微笑みをみせる少女を見て、ふと覚えのある寒さを背筋に感じていた。

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