八十話 絆・十五

 ノースの町はちょっとした祭りとなっていた。

 

 自分たちが知らないうちに巨人族という圧倒的な脅威が排除されていたから、というのが半分、あるいは三分の一程度。

 

 残りは少し前に訪れた有名な英雄である冒険者が、結婚披露宴を催しているからだ。

 

 それもその相手がとびきりの美人で、ノースの住人でも滅多に目にしない竜族であるというからには、話題性は十分だった。

 

 「なんか、その……すみません、ヴァルアスさん」

 

 とはいえ、これはヴァルアスとティリアーズの二人を祝うただの宴会として始まったものだ。

 

 ペップルが手配して、リーフも入れて合計四人。他に親しい知り合いもいない地ということで、ささやかな会のつもりだった。

 

 しかし通り過ぎる町人が目を止め、気付いた行商人が周囲にも酒を振る舞って、そしてムクッシュが商売っ気を出したことで、気付いた時には大通り一本を巻き込んだ祭りの様相を呈していた。

 

 「いや賑やかで、皆楽しそうだ」

 

 だがヴァルアスはペップルに朗らかな笑顔で答える。

 

 英雄の結婚とはいえ、多くの一般人にとっては酒の肴にすぎない。だが本質的に冒険者で、人々の笑顔を守ることを信条としてきたヴァルアスにとっては何より誇りに感じられる光景なのだった。

 

 「そうね、私も楽しんでいるし」

 

 ヴァルアスの隣の席で木の実の盛り合わせを食べながらワインをちびちびと舐めていたティリアーズも薄く微笑む。

 

 しかし言葉とは違い、ティリアーズは明らかに元気がない様子で、つがいの儀式による影響以上のものがあるのは明らかだった。

 

 「大丈夫ですか?」

 「……大丈夫そうにみえるかしら?」

 

 魔力に余裕ができたとはいえ端末体での消費は避けたいと、リーフは今は童話の妖精のような小さな体でテーブルの上にぺたりと座っている。

 

 そしてそんな小さなリーフからの心配に、ティリアーズはじとっとした半目で見返していた。

 

 実際にこの場を楽しんでいるというのは嘘ではなく、ティリアーズの本心だ。

 

 だがそれとは別に大きな不満があった。

 

 「まあ分かっていたことではあるし、仕方がない」

 「そうだけれど……」

 

 ヴァルアスもなだめるが、そのこと自体がティリアーズとしては面白くないという表情。

 

 人族と同じく竜族もつがいとなれば通常は生活を共にする。だがティリアーズは人族領域では暮らせないことがその不満だった。

 

 理由は単純に、それを竜族が許していないからだ。

 

 竜族は強い、それも圧倒的に。人族と比べるなら単独で一つの騎士団をも凌駕するほどに。

 

 そのため竜族が人族の国家のどこか、領地のどこかを住処としてしまうと、それだけで力の均衡が崩れてしまう。

 

 だから人族の権力者からの申し入れもあり、竜族の側で人族領域を住処とせず、という決まりがあるのだった。

 

 「すまんが……」

 「そんな顔しないでよ。ちょっとすねただけじゃない」

 

 ヴァルアスが申し訳ないと謝ろうとすると、ティリアーズは少しだけ慌てる。

 

 「ワシももうしばらくはこちらでやりたいこともある」

 「わかってる」

 

 いずれは竜族の領域で共に住もうという意思を見せるヴァルアスの手に、ティリアーズもそっと手を重ねて目線を合わせた。

 

 そもそもの話、竜族の取り決めは“住まない”こと。通うなという取り決めなどなく、翼持つ竜にとっては国の一つや二つを縦断することなど大きな障害ではない。

 

 「はぁ」

 

 つまりのろけの切っ掛けにされただけだったリーフは、必要のない呼吸を大きくして見せて、不満を示したのだった。

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