七十九話 絆・十四

 立ち上がったヴァルアスに気付いたリーフが、本体であるロングソードを胸に抱えて歩み寄る。

 

 その剣身はあちらこちらがひび割れ、砕けていないのが不思議なほどの状態だった。

 

 「助かった。あとはワシも戦うから大丈夫だ」

 「ええ、そろそろ足止めも限界だったので助かります、マスター」

 

 リーフは端末体の目線でどこか眩しそうにヴァルアスの片角を眺め、そして大したことではなかったような平坦な口調で話しながら己自身であるロングソードを手渡して、その姿を消す。

 

 「よっ」

 ブンッ

 

 ヴァルアスが受け取った魔剣リーフを試すように振るうと、そのどこにも既にひびは入っていなかった。

 

 「うむ」

 

 満足そうに頷くヴァルアスだったが、その内心では見た目以上に大きく驚いている。

 

 これほどの急速修復ができたのはもちろん所有者であるヴァルアスの魔力が跳ねあがったおかげではあるが、そもそも単独で動いて巨人族を短時間とはいえ足止めし、傷ついても魔力さえ供給されれば修復されるというエンケの魔剣のでたらめな性能を改めて確認したからだった。

 

 とはいえ、そこに悠長に驚いている場合ではないし、妨害が無くなった巨人族も、そろそろ攻撃を再開しようとしている。

 

 リーフの植物を操ったかく乱が無くなって状況が良く見えるようになったことで、警戒していた竜族が戦闘不能になっていることを気付いたからかもしれなかった。

 

 「気に入らんが……仕方ないか」

 

 自分が軽く見られている事実に、ヴァルアスは不満を漏らす。

 

 だが体調が悪かったとはいえ、邂逅時の情けない戦いぶりを思い出して、その不満は一旦飲み込んだ。

 

 どうせ今から目にもの見せてやるのだから、と柄をぎゅっと握り込み、両脚で力強く地面を踏みしめて、ヴァルアスは数日ぶりの全力の戦闘態勢を見せた。

 

 「グァ……? チビ……ガ、ナマイキ!」

 「――? ようやく目が覚めてきたか? このデカブツ」

 

 ここにきて初めて言葉らしい言葉を話して見下ろしてくる巨人族に、ヴァルアスも挑発で返す。

 

 「ンナ――」

 ドッ

 

 なおも何かを言おうとする巨人族だったが、その声は重く低い音にかき消された。

 

 それはヴァルアスが地面を蹴った音。つまりは突進を開始した合図だった。

 

 「おらっ!」

 ザン!

 「ガァアアアァ!」

 

 空中を駆けるような踏み込みで巨人族の顔へと斬撃を叩きつけようとしたヴァルアスだったが、巨人族がとっさに上げた太い左腕に阻まれる。

 

 だがその腕には大きな裂傷が刻まれ、巨人族は大量の血と苦鳴をまき散らした。

 

 ヴァルアスはティリアーズとつがいになり、その潜在魔力量を圧倒的に増したが、それで戦闘能力まで大きく上がった訳ではない。

 

 ただ本調子に戻って全力が出せるようになっただけ。

 

 そう、ただ“英雄”が本来の力を発揮しているだけだった。

 

 「グゴァ!」

 ブゥン

 

 巨人族がつい先ほどヴァルアスを瀕死に追い込んだ武器――引き抜いたままの木――を振り回して痛撃を与えようとする。

 

 「ふんっ」

 ザッ

 

 空を飛び回るように、木々を蹴って高速の跳躍を連続するヴァルアスがすれ違いざまに魔剣を一閃して、木は巨人族が握っている部分を残して五つに切り分けられて落ちていった。

 

 「オマッ……! マザカ、テンセン!?」

 

 ただ回復しただけでその身ごなしを全く捉えられなくなった人族が、ひと際高く跳躍してその手にしたロングソードを振り上げたのを見て、巨人族が自分たちにとって最悪の名に思い至る。

 

 「ワシは、ただの、お前らの敵だ!」

 「テキ! テンテキ!」

 

 竜の英雄にして巨人の天敵。

 

 最もヴァルアスを的確に表す二つ名へと記憶が繋がった巨人族だったが、見上げた高さで彼にとっては小さな相手が剣身を魔力できらめかせながら振り下ろすのを、もはや止めることもできなかった。

 

 「ぉぉおおお、ぅあらぁっ!」

 ガッカッッ!

 

 ヴァルアスを示す二つ名の一つであり、最強の必殺技の名でもある“穿つ天閃”。

 

 それは空から地へと切り下す絶大な剣閃。

 

 そして魔力で補強されているだけの、ただの全力攻撃だった。

 

 「ァ――ゥ――ッ!」

 ゴゥゥウウウ

 

 天から地へと繋がる光の柱のように見える魔力で実体化した剣閃は、空気を焼く轟音の中で、巨人族の断末魔も、その巨体も、全てを消し去っていく。

 

 「ふぅ……はぁ……」

 

 着地したヴァルアスが息を乱しながらも油断なく構え直し、薄れていく光の柱を睨みつける。

 

 「よっしゃ!」

 

 そして完全に見えるようになったそこには、硝子化した地面と立ち上る陽炎だけが残っていたのだった。

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