七十八話 絆・十三
その大きな足で地を揺らして歩み寄ろうとする巨人族を、木々が枝を伸ばして絡みつき、葉や草は目の前を飛び回って妨害する。
その一つ一つは、巨大で強力な巨人族にとっては振り払う必要すらない程度のものだが、絶え間なく大量に続けられるそれらは、突如飛来した竜族に最大限の警戒を向ける巨人族を足止めするに足りていた。
しかし険しい表情で魔剣としての能力を行使するリーフが抱える本体であるロングソードは、少しずつ端からひびが入り、限界はそう遠くないことが察せられる。
そんなリーフの背後側では、ティリアーズが場に似つかわしくない穏やかな表情でヴァルアスへと語りかけていた。
「一瞬だったって言ったけれど……本当は嘘よ。この時をずっと待っていたわ」
「ティリ……ぁ……」
その言葉でヴァルアスはティリアーズがこの場でつがいとなろうとしていることに気付く。
死にゆくヴァルアスとの最後の思い出作り……であるはずはなく、もちろんヴァルアスの命を救うためだ。
「……ぁ……ぅ……」
つがいとなることによって竜族の膨大な魔力の一部、あるいは半分近くがヴァルアスへと流れ込む。その影響は単に寿命を分け合うことに留まらず、人族であるヴァルアスが半竜半人になることだと考えられた。
つまり、ティリアーズとつがいになったヴァルアスが竜族に特有の自然回復力を得ることで、瀕死の状態から生き残ることができるとティリアーズは期待している。
そのことに気付いたヴァルアスだったが、もうまともに声も出ず、肯定しているのか否定しているのかも伝えられなかった。
だがその目は生きることを諦めてはいない。他の方法や可能性も頭の中では考えたうえで、ヴァルアスはティリアーズと共に生きるための選択肢をためらわない。
「大丈夫」
「ぅ……」
ティリアーズは顎を引いて頭上の二本の角を突き出し、それでヴァルアスの白髪を撫でた。
本来であれば竜族がその膨大な力の象徴である角を互いに絡ませる、つがいの儀式。
角を持たない人族のヴァルアスだったが、確かに二人の間の何か大事で根本的なものが絡み合って繋がりを深めていくのを感じていた。
「ぉ……ぐ……あぁあああ!」
「はぁはぁはぁ」
互いに頭頂部を突き合わせるためにうつむいたまま、ヴァルアスは溢れてくる力を持て余すように雄叫びに近い唸り声をあげ、一方でティリアーズは明らかに疲弊していく。
竜族であるティリアーズの側が大きく疲弊し、巨人族と戦うような余力を残せないであろうことはわかっていることだった。
「これでドラゴンとしてのつがいは……完了ね。あと……」
急速に傷が癒えていく体に戸惑い、ふとあげられたヴァルアスの顔に、ティリアーズもあわせて上げた顔を自然な動きでそのまま重ねる。
「は……っ」
「ふふっ。アンスロポス流の儀式も、ね?」
唇に残る感触にヴァルアスが間の抜けた表情を見せると、普段は驚かされたり振り回されたりする側であるティリアーズはいたずらに成功したと嬉しそうな笑みを浮かべた。
だがその呼吸は大きく乱れており、ティリアーズは少なくとも今から戦える余力はない様子。
一方でヴァルアスの方も、事前の予想通りの結果となっていた。
膨大な潜在魔力を得て寿命が延びたとはいえ、理術使いでもないヴァルアスがこれによって急に強くなるという訳でもない。
ただ半竜半人族となったことで、瀕死の状態にまでなっていた傷は回復し、さらにはここ数日苦しんできた体調不良も吹き飛んでいた。
さらに加えて肉体年齢的にも数年分程度若返っていたものの、見た目には変化はない。
ただ一点を除いて。
「ふぅ、はぁ……大丈夫そう、かしら?」
「ああ、そこで見ていてくれ」
正式につがいとなった伴侶に向かって、もう大丈夫だということを、そしてつがいに選んだ相手は強いのだということを見て安心してくれと、ヴァルアスは右側頭部から生えた立派な片角を誇るように示して微笑んだ。
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