七十二話 絆・七

 立ち尽くして動こうとしないヴァルアスに、離れてみていた人々はもちろん、デイオンとリーフも言葉をかけられない。

 

 先ほどの出来事を見て、それぞれに思うことはあるにしても、過去からの経緯まで知る者はこの場にいないのだから無理もなかった。

 

 「マスター……」

 「師匠……」

 

 とはいえ黙ってもいられずといった様子で、リーフとデイオンは揃って呼び掛ける。

 

 その意図するところは、ヴァルアスにも伝わっていた。

 

 「ああ、わかってる。追いかけないとな」

 

 ようやく顔を上げたヴァルアスの眉間には深いしわが見て取れる。

 

 それは自分の言葉選びや態度への後悔と、これからどうすべきかという苦悩からのものだった。

 

 「っと」

 

 一歩踏み出したところで目まいを覚えたヴァルアスの足がもつれそうになり、体勢が崩れる前に腰と脚の力を入れ直して踏みとどまる。

 

 「つがい、というのは結婚とは違うものなのですか?」

 

 常になく動揺するヴァルアスを少しでも冷静にさせようとしたのか、リーフが先ほどのティリアーズが激した原因について質問した。

 

 今の状況では話したくないことかもしれなかったが、少しでも整理しておくことが必要と受け止めて、ヴァルアスは一旦足を止めて口を開く。

 

 「捉え方としてはアンスロポスにとっての結婚と違いない……とワシは認識しとる」

 

 自信の無さを表すような言葉を付け足しながら話すヴァルアスの表情は先ほどよりも青白く、強く恐ろしい師匠像が印象強かったデイオンもそれをみて動揺していた。

 

 「しかしドラゴンのつがいというのは、正式には一種の魔術でな」

 「魔術?」

 

 リーフが問い返し、デイオンも不思議そうな顔をしている。

 

 魔力を扱うことで超常の現象を起こす技術であり、人族の理術とは違い詠唱も儀式も必要としない竜族の特技は、ここで出て来るには場違いな言葉に聞こえた。

 

 「添い遂げることを互いに誓ったドラゴンは、その象徴たる角を絡ませて宣誓する。そうすることで片方の角を交換するということだ」

 「「っ!」」

 

 人族の感覚からすると驚くべき事実に、息を呑む音がする。

 

 あるいは、リーフの方は単に驚いた、ということではなく深い理術や魔力への造詣故に違った形の驚きもあったのかもしれないが。

 

 それを聞かされた当時のヴァルアスも驚いたが、考えてみれば体の形どころか大きさまで完全に別物へと変えてしまうのが竜族という種族なのだった。

 

 「その魔術をアンスロポスであるワシと交わすことがそもそも可能であるのか……ということもあるが、つがいの魔術にはどうしても当時のワシが受け入れられなかったある問題点があってな」

 

 じっと聞き入るリーフとデイオンを前に、ヴァルアスは息をひとつ吐く。そうして古い記憶を確実に思い出しながら、デイヅから聞かされた話を二人にも告げる。

 

 「つがいというのは互いの繋がりを高める魔術。それによって双方の命も繋がることになる。……さすがに片方が死ねば相方も死ぬ、というほど極端ではないようだが、少なくとも自然死の時期は大体同じになるのが普通らしい。つまり寿命の共有だな」

 

 当時と、そして今でも受け入れがたいという感情を再確認しながらヴァルアスは渋い表情で言葉を紡いでいた。

 

 竜族の寿命は人族の約十倍。つがいによる効果は命を分け合う形になるため、デイヅの予想ではヴァルアスの寿命が大幅に伸び、そしてその分がティリアーズから差し引かれる。

 

 この話は竜族同士で歳の差があっても成り立つこと。

 

 しかし元より同程度の寿命を持つ者同士での話ではなく、人族である自分の場合は竜族の長い寿命を掠めとるような話であるとヴァルアスは感じていたのだった。

 

 「それで師匠は仮などと……」

 「しかしマスター――」

 

 デイオンは事情を知って同意を示しているものの、リーフはさらに何かを言おうとする。

 

 「ぐっうぅ」

 

 しかしその言葉が続く前に、気付けば顔中に脂汗を浮かべていたヴァルアスが、ついに耐えかねて地面に膝をついた。

 

 先ほどは踏みとどまった目まいに今度は耐えられなかったヴァルアスの体はそのまま横倒しになり、何か言葉を発する余裕もなくその意識を途切れさせた。

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