七十一話 絆・六

 「マスター? その会話は必要なものですか?」

 「「っ!?」」

 

 所有者のあまりに情けない姿を見かねたのか、再びヴァルアスの肩に姿を現したリーフは、平坦に淡々と疑問を告げる。

 

 「なっ、そ、れは……?」

 「ヴァルのそのロングソードと魔力的につながっているようだけれど……」

 

 ただ驚愕するデイオンに対して、魔力との親和性が人族より遥かに高い竜族のティリアーズは、さすがの慧眼だった。

 

 「ん? ああ、これは魔剣リーフ。ワシがシュクフという村で――」

 「私はマスター・ヴァルアスの武器で、“この”私は剣に宿る疑似精霊の端末体です」

 

 さらに逸れそうになった話題を経緯から話しだそうとするヴァルアスを遮り、リーフは端的に自己紹介をする。

 

 それは実際に説明として不十分に過ぎるものであったが、さらに疑問が来る前にリーフは言葉を続けた。

 

 「マスター、私にも紹介してください。そちらが、先ほどマスターの話していた大切な約束をしたというドラゴンの方ですか?」

 

 殊更に“大切”を強調してリーフがヴァルアスに尋ねる。

 

 ヴァルアスとしては約束の話はしたものの、大切と言った記憶はなかった。が、それをわざわざここで口に出すほど無神経ではないし、大切だということが間違っている訳でもない。

 

 ちなみに通常ではありえないことにさらっと無視された形のデイオンも、ここで口を挟むほど無神経ではなかった。

 

 ……どころか、いつの間にか一歩身を引いた位置からヴァルアスに向けて拳を握り、応援の意を示している。

 

 「えっと、その……ヴァル? 約束ってやっぱり……」

 

 さらには当の本人からも水を向けられて、ヴァルアスは一つ咳払いをしてからしっかりとティリアーズへと目を向けた。

 

 「そうだ。あの時は待って欲しいと言ったが、……長い間そのままにしていて悪かった」

 

 しっかりと腰を折って頭を下げるヴァルアスの肩に優しく手を置いたティリアーズは、姿勢を戻すよう促しながら少し上擦った声で話す。

 

 「私はドラゴンよ? 五十年くらい……瞬きするくらいの間よ」

 

 言葉の内容には反して、その声を聞き潤んだ目を見れば、魔剣も疑問を持った竜族の時間感覚というものも察せられた。

 

 「その……私とつがいに……なってくれるってこと、よね?」

 

 そしてティリーズは、所々を途切れさせながらも、はっきりと当時の約束を言葉にして確認する。

 

 「ああ」

 

 しっかりと頷いたヴァルアスを見て、花が咲くように可憐な笑顔を見せたティリアーズだったが、ヴァルアスの言葉はまだ続いた。

 

 「いや、もちろん問題があることはワシも知っているからな。だからドラゴンのいうところのつがいではなく、アンスロポスにとっての結婚ということになるが……」

 

 こちらもほっとしたという笑顔で、当時この約束を保留した原因の大きな一つとなったある事実を思い浮かべながら、ヴァルアスは今後のことを話そうとする。

 

 「……どういうこと?」

 

 いつのまにかティリアーズは俯いており、ヴァルアスから先ほどまでの可憐な笑顔は見えなかった。

 

 「儀式としてのつがいは仮として、こちらの様式にはなってしまうがきちんとした式を――」

 「仮ってなに?」

 

 早口で説明しようとしたところに挟まれたさらなる質問に、ヴァルアスの頬を冷や汗が伝う。

 

 「いや、仮といっても嘘ということでは決してないぞ! あくまでもあの問題が――」

 

 行き違おうとする気持ちを何とか擦り合わせようと、慌てて言葉を重ねたヴァルアスだったが、またもその途中で遮られた。

 

 「ばかっ!!」

 

 短い言葉で決定的に拒絶して、ティリアーズはその場を去っていく。

 

 走るでもなく、まして飛ぶこともなく、人化状態のまま早歩きで離れていくその背中を、ヴァルアスは追えない。

 

 ヴァルアスはただ、地面が小さな雫で濡れた跡をじっと見ることしかできなかった。

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