七十話 絆・五

 ちょうど視界を遮っていた人垣を抜けたところで、ティリアーズは驚いて動きを止めている。

 

 ヴァルアスの方も同じく固まっているが、こちらは驚いたことと同じくらいほっとしてもいた。

 

 「(ワシだと……わかるのか)」

 

 ヴァルアスからティリアーズを見間違えるはずもない、かつてよりほんの少し大人びたくらいでほぼ変わらない外見だったのだから。

 

 しかしティリアーズから見たヴァルアスはそうではない。単純に年老いていた。

 

 「(いや……そうだな、ドラゴンとはそうだったな)」

 

 そこでヴァルアスはかつてデイヅから聞いたある話を思い出す。

 

 当時、冒険者として駆け出しだったヴァルアスが、その厳つい外見を子供に怖がられると漏らした時のことだった。

 

 ――アンスロポスはそうなのだな? そも我らは状況に応じて形態を切り替える種族だからな。上面ではなく内包する魔力とその性質をこそ見ている――

 

 竜族が魂と呼ぶものの概念の話。

 

 ヴァルアスは、そのわりに黒髪をきっちりと七対三に分けて整えている人化状態のデイヅを不思議な目でみたものだったが、数十年越しについに実感したのだった。

 

 「あ……と」

 「……」

 

 何から話せば良いものか。ヴァルアスの中では再会はデイヅとあわせて三人でと想定していたこともあり、突発的なこの状況に言葉が出てこなかった。

 

 ただそれはティリアーズの方も同じであったようで、結果として二人で少し距離を空けたまま黙りこくってしまう。

 

 「……お?」

 「っ!?」

 

 その時、刹那の隙も見逃さない戦士であり、したたかな歴戦の冒険者でもあるヴァルアスは、久しぶりでも外見上の変化がほとんどない相手にわずかだが明確な違いを見つけ、一縷の勝ち筋を見出した。

 

 そんな風に達人同士の斬り合いのような思考をしていたのはこの場でヴァルアスだけであったが……、ともかくそれは天啓だと老英雄はティリアーズの髪に付けられた小さな髪飾りへと視線を定める。

 

 一方のティリアーズは、ヴァルアスの視線がどこを向いているのかに気付き、驚きからの緊張で強張っていた表情を緩めかけた。

 

 「は、はは……。師匠、お久しぶりで……その……ティリアーズ殿と会うのも久しぶりとのことですが……いや、ははは……良い天気ですな」

 

 ティリアーズの後ろからヴァルアスに向かっておずおずと掛けられた声に、綻びかけた表情は再び固まる。

 

 無粋な声の主はデイオン・ガーマミリア。ここまでのティリアーズの案内人であり、ムクッシュたちが慌てていた主原因であるこの国の皇帝だった。

 

 色々と気後れした結果、厳格な武人として知られる皇帝らしくもなく焦り、そして妙な間で不自然な話題をねじ込むようなこととなってしまっている。

 

 「お、おお! デイオンではないか。いや、デイオン皇帝か陛下と呼ぶべきか?」

 「い、いえ! 俺にとって師匠は師匠ですから!」

 

 皇太子時代に剣の腕前を鍛えたデイオンを見つけて、ヴァルアスは今度は冗談めかしつつも朗らかに声をかけ、デイオンも若い頃の一人称をわざと使って返事をした。

 

 ヴァルアスはそれを渡りに船と思ってしまい、そして思ったより好意的だった師匠の反応にデイオンも機嫌よく応じる。

 

 「「ははは!」」

 「…………」

 

 結果として老英雄と初老皇帝はどこか空々しくも快活に笑い合った。

 

 一方で、竜族の使者は先ほどの緊張に喜びが混ざった硬さとは全く種類の違う無表情で沈黙するのだった。

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