六十九話 絆・四
ヴァルアスが今向かっている方向へ、ムクッシュが必死の形相で駆けていくのが見える。
「領主が視察にでも訪れたか……?」
一瞬だけ見えた商人取りまとめ役の表情は、それにしてはやや大げさな気もしたが、とはいえやはり必死ではあっても深刻という雰囲気ではなかった。
大した時間もかからずにノースの南側入り口付近へと辿り着くと、ムクッシュとノース町長らしき人物が誰かを出迎えている。
しかしその肝心の誰を出迎えているのかというのは、周囲をぐるりと囲う人だかりで良く見えなかった。
ヴァルアスが短い間だけ腰のロングソード――魔剣リーフ――へと目を向ける。いつの間にかリーフの端末体が姿を消していた。
童話の妖精を彷彿とさせる姿を人が多い場所でさらして、ざわつかれるのが面倒だと感じているようだ。
そうしたことは察しつつ、ヴァルアスはまた違う内容を口にする。
「さっきの続きだが、今もノース山脈砦には当時の竜将……まあ現場の隊長だな、のデイヅがおるはずだから会いに行こうと思っとる。それから……」
背筋を伸ばしたり、体を揺らしたりして、ヴァルアスは人だかりの向こう側を見ようと試みながら呟いた。
近くにいた町人からすると独り言を口にする老人でしかなかったが、腰のリーフにはきちんと聞こえている。
「先ほど言いかけていた約束がどうの……という相手もでしょうか?」
「ああ、そうだ」
出所を知らなければどこからともなく聞こえたのであろうリーフの声に、隣でうろんな目を向けてきていた町人が驚愕した。が、それには構わずヴァルアスは相変わらず騒動の元を確認しようと、姿勢を忙しなく変えながらの会話を続ける。
「デイヅを補佐する立場の副官をしていたドラゴンの少女……といっても子供ではなく十分に成人……成竜か?はしている年代だったし、そもそも寿命の長いドラゴンだからな。当時でも今のワシよりはるかに年上だったはずだが」
「なるほど」
途中で横に逸れたヴァルアスの話に、リーフはそっけなく返事をした。
その声音は相変わらず平坦で、興味が無いのか、あるいは意外と喰いついているのか、ヴァルアスには判断がつかなかったがとりあえず続けることにする。
「まあその……だ。五十年ほど前の戦争が終わってワシがシャリア王国へ帰る時に約束、というかある誓いを立てていてな、それを果たしに行く。……向こうが心変わりしていなければ、ということにはなるが」
話の内容が進むにつれてヴァルアスは露骨に話しづらそうな様子を見せ、明らかにその約束にまつわる出来事については引け目を感じている様子だった。
「約束……ですか。ドラゴンの感覚はわかりませんし、私にとっても時間の経過というのはただの事象でしかないのですが、人族にとって五十年というのはとても長いのでは?」
「……」
だがそんなヴァルアスの様子には構わず、ずばっと切り込んでリーフはその引け目を突いてくる。
相変わらずリーフは淡々とした声音で、責めるつもりどころかおそらくそれほどの好奇心もなく、ただ少し気になったことを言っているようだった。
だが、であるからこそそれが客観的な事実であるとしてヴァルアスの胸には刺さっている。
「当時は田舎だったスルタも、立場の弱かった冒険者も、ワシはどちらも放ってはおけんかった…………。いや、それが言い訳か」
「そのドラゴンの女性はどういった方なのですか?」
段々と語気が弱々しくなっていったヴァルアスに気を使ったのか、単に興味が次に移ったのかはわからないが、リーフは話題を変えた。
「うん……? そうだな、人化状態では当然角以外は人族と同じような容姿だが、いかにも気の強そうな目が印象的でな。まあ実際に負けん気の強い奴なんだが。あとは、波打った髪が濃い茶色で……」
「なるほど、あの方ですね?」
視線を上げて思い出しながら特徴を挙げていたヴァルアスは、リーフの言葉に反応して前を向く。
「ヴァル……?」
「お、あ……ティリアーズか」
今説明していたままの容姿をした竜族の旧友が、その視線の先には立っていたのだった。
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