六十八話 絆・三

 ペップルと先の事を話した次の日の朝、しばらく過ごした宿を出たヴァルアスは、ノースから出発しようと体をほぐしていた。

 

 「マスター、向かう先のノース山脈というのは、例の戦争があったという場所ですか?」

 

 ヴァルアスが体を捻ったり腰を曲げたりした後で動きを止めると、いつの間にか肩に腰かけていたリーフの端末体が話しかけてくる。

 

 普段は腰に収まった剣のままで喋ることの多いリーフだったが、朝の空気に気分が良くなったのか、あるいはノース山脈に殊更の興味でもあったのだろう。

 

 「戦争があった場所というよりは……、アンスロポスとドラゴンが防衛線とした場所、だな。実際にはここより南へもちらほらと入り込まれて各地で甚大な被害が出た」

 「ギガンタス……ですか」

 

 魔剣の端末体がその小さな首を傾げると、新芽のような色合いの緑髪がさらりと流れた。

 

 リーフは「例の戦争」などと話しかけてきたものの、どうやらこの魔剣は巨人族との戦争については詳しくないようであった。

 

 基本的にリーフの知識は制作者であるエンケ・ファロスが疑似精霊の生成時に与えたものであるようで、ペップルに持ち出されるまで外の世界を見ていないために追加で学んでもいないらしい。

 

 ヴァルアスからすると、その肝心のエンケの知識量が不明ではあるものの、とりあえず世情に明るいとはいえないようだった。一方で理術や古代文明に関しては深く知っている様子もみせるが、何か意図か制限でもあるのか多くを語るつもりはない風でもある。

 

 「ワシらは奴らに相当な損害を与えてほぼ壊滅状態とした上で、わずかな残党もあの山脈の向こうへと追い返した」

 

 人族の生存圏を仕切る壁であるかのようにそびえる山脈へ、ヴァルアスは視線を向けた。

 

 「そして再び戻ってこないよう監視するためにドラゴンが砦を築いているのですね。そこに用が?」

 「ああ、約束を果たすためにな」

 

 歩き出しながらのヴァルアスの言葉に、リーフは傾げていた首の角度をさらに大きくする。

 

 なりゆきとはいえ相棒となった魔剣にも話しておくかと、ヴァルアスが昔を思い出しながら口を開く。

 

 「そうだなぁ、あの砦には当時のドラゴン側戦力の主要な連中がそのまま残っておってな。ワシと肩を並べてギガンタスに立ち向かった連中なんだが……」

 

 しかしいくらも話さないうちに、足を止めて振り返った。

 

 今向かっていたのとは反対側。町の南側でなにやら騒ぎが起こっている。

 

 「確認しますか?」

 「ふむ……一応な」

 

 聞こえる喧騒の雰囲気からすると、別に深刻な事ではなさそうだ。出発の前にそれを自分の目でも確認しておくため、ヴァルアスは一旦目的の方向とは逆に向かうのだった。

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