六十六話 絆・一
「ぜぇ……はあ……っ。がはっ……くっそ!」
激しく息を乱すヴァルアスが、咳き込んだ際に吐き出された血塊を見て悪態を吐く。
疲労は大きく、数度打ち据えられた体は既にぼろぼろだった。
「グガァァ! ブツ! タタク! スリツブス!!」
対して向かい合う相手――目覚めたばかりの巨人族――は長い眠りの影響を感じさせないほどに猛っている。
「ギガンタスの……死に損ないめ……」
鉄剣よりも軽いはずの魔剣リーフを引きずるように下段で構えながら、ヴァルアスは忌々しいと目に力を込めた。
しかしこうなってはどちらが死に損ないかといえば、一目瞭然でヴァルアスの方だ。
かつて身に着けていた防具は土の下でとっくに腐り果て、ぼろ切れをまとわしているだけという姿の巨人族は、武器もそこらで引き抜いた木を振り回しているだけだ。
そしてこん棒ですらないそれは、十分な質量で何度か掠り当たりしただけだというのにヴァルアスの骨を何本も折っていた。
唯一ましだといえる要素は、魔剣リーフの能力には気付いていない巨人族が振るうその武器が木――つまり植物であるということくらいだ。
とっくに喋る余裕もなくなっているらしいリーフが、当たる瞬間に幹を歪ませたり樹皮の硬度を下げたりとしてくれているおかげで、まだ致命傷は受けていない。
「いくぞぉぉぁぁぁ!」
まだ余力の少しでもあるうちに起死回生の一撃を入れなければじりじりと負けに向かうだけ。
そう戦士の勘で確信したヴァルアスが、残る力を振り絞って雄叫びを上げ、突進を開始した。
巨大で堅牢な敵を倒すため、速さよりも強さを重視したその踏み込みは、常人でも十分に視認できる程度の速度でありつつも、一歩ごとに踏んだ地面が爆ぜて砂塵が舞い上がる。
――だが、ヴァルアスは見誤っていた。
生き残っていた巨人族の強さをではなく、己の老いによる衰えを。
ブンゥ
「――っ!」
風を切る轟音とともに再び巨人族が手にした木を横薙ぎに振り払う。
「こんなもの……っ! なっ!?」
振るわれる木の下を姿勢を低くして潜ろうとした瞬間に、ヴァルアスが数々の戦場を潜り抜けてきた脚がもつれ、無様に体勢を崩して転倒していた。
疲労困憊に、全身の怪我、そして倒れた状態では横に振り切った後で振り上げ、そして振り下ろされる巨人族の追撃をかわすことはできない。
「すまん……ティリ……ぁ……」
「アアアアアァァァァァァッ!」
ゴダガアァァンッ
絶望的な暴力が全身を叩き潰すその瞬間、五十年以上にわたって誤魔化してしまった約束をようやく果たすことができると思っていたこの数日の出来事を、ヴァルアスは思い返していた。
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