六十五話 代表会談
人族の主要三国家と竜族の代表者による情報交換の場。それが代表会談だ。
あくまで問題解決ではなく、共有する場ということであり、各国の国民に対して「我々は友好関係を維持している」という姿勢を示すための、開催することに意義があるという類のものだった。
そもそもの話として、元は巨人族との戦争後においてまた何かあれば竜族と人族は協力するという意思を相互に確認するためのものであったため、その精神を今でも引き継いでいるともいえる。
そうした訳でヴァルアスがノースに辿り着く少し前に、今回はガーマミリア帝国の帝都にて開催されている代表会談は、形式的な挨拶が完了した時点でその主たる目的を終えていた。
「何かあるかしら? ないのならもう……」
人族の代表たちが知る限りからすると“らしくなく”落ち着きがない竜族の使者ティリアーズは、早々に会談を切り上げようとする。
いくら何でも挨拶だけで終わろうというのは、無理のあることであった。
ただの情報共有であるとはいっても、それをするのが各国家の代表者たち。交わされる情報の内容と、その解釈次第で大げさではなく世界が動く場であるといえる。
ちなみに、今この代表会談が行われる会議室はガーマミリアの皇帝デイオン・ガーマミリアが帝都の城内に用意した専用の部屋であり、内部は飾り気が無い代わりに非常に頑丈な造りとなっていた。
そして通常は最低でも一人か二人は各々が用意する護衛もこの場にはいない。シャリア王国の王と、ガーマミリア帝国の皇帝と、アカツキ諸国連合の会頭、そして竜族の使者の四人だけだった。
腹を割って話をするため、ということもあったが、竜族という強者が同席するこの場に護衛などというものは必要も意味もないからだ。
そんな力の象徴ともいえる竜族の使者であり、人化状態にある今は二本の角以外は可憐な女性の姿であるティリアーズに、アカツキ諸国連合の代表者である会頭が小さく手を挙げて注意を引く。
「ちょいと待ってくれはりますか?」
アカツキに属する小さな都市国家由来の訛りでゆったりと話すその女会頭は、タキ・レンジョウイン。
白い髪を綺麗に短く整え、訛りと同じ都市国家由来の衣装をびしっと着こなすかくしゃくたる老人だった。
既に老齢で後継者問題が常に巷で噂となるシャリア王国の王ライジール・シャリア・ミリオンブルムよりもさらに年上であり、長年アカツキの裏も表も牛耳ってきた大商会の創業者としても知られる人物である。
そんなタキは、面倒そうにするティリアーズも、露骨に警戒するライジールとデイオンも、まるで見えていないかのようにゆったりとした優雅ですらある所作を乱さずに続けた。
「近々あての仕事を次代に引き継がせようと思うとりましてな。その心づもりだけ……皆さんにはしておいてもらいたいんですわ」
言いながら、ぱっと音を立てて見るからに質のいい扇子を開いたタキは、軽く熱を逃がす程度に顔を扇ぎながら告げる。
一方でティリアーズは「そんなこと?」といった表情をしているし、ライジールとデイオンはそれだけ言われてもと困っていた。
「心づもり、と言われてもな。まずその後継者とは誰だ?」
武人然とした厳つい顔を一層と皺深くして、デイオンが当然の疑問をタキにぶつける。
「それはまあその時のお楽しみっちゅうことで」
しかし再び扇子を閉じて懐へとしまい込んだタキは、見た目だけならいかにも人の好さそうな薄笑みではぐらかした。
時に情報は金や魔石よりも価値があることを知り尽くす老齢の商人を相手に、デイオンもそれ以上は追求しない。
どうせ答えてくれない、ということ以上に、自分がどんな情報を得たがっているかを読み取られることを警戒したからだった。
同じ理由でシャリアの王も口をつぐんで何も言わない。
ガタタッ
そしてその沈黙を誰よりも自分の都合で解釈したティリアーズがおもむろに立ち上がり、木椅子が床の石材を叩く音が響いた。
「それでもう終わりよね、もう何もないわね? それなら……」
ティリアーズの上司である竜将デイヅがこの場にいれば、きっと真面目くさった無表情のままからかって落ち着かせるところであっただろうが、人族代表者たちにとっては残念なことにこの場で浮かれる竜族にそんな口の挟み方をできるような存在はいない。
「デイオン殿、案内をよろしく!」
敬称だけは付けながらも竜族らしく尊大で、しかし竜族にしては親しみやすいティリアーズのいつも通りの態度が、どうも違っている。
その事にはもちろんこの場の全員がとっくに気付いていたが、デイオンはその原因にまで確証をもったことで、ティリアーズとは違う理由でそわそわと落ち着きをなくしつつあった。
竜族の使者が浮つく理由も、案内をしろという先も、どちらもデイオンの剣の師である老英雄だ。
「す、すぐにですかな? 部屋を用意しておるので、少し休まれてからでも……」
一国の元首同士による会談であれば、終わったから帰るということはあり得ない。
そこから会食や視察などがあるのが普通だが、しかしそうした形式的なことを嫌う竜族の使者については別だった。
とはいっても、さすがに代表会談が終わって部屋を出たその足で帰途につくなど前例がない。
だがデイオンが渋る様子を見せたのは、そんな前例を踏襲しようという意図ではなく、もっと別の、より個人的な理由だった。
「己の統治に恥ずべき点があるのであれば逃げるのではなく、せめて申し開きくらいしにいきなさいな。あなたは皇帝で……、ヴァルの弟子なのでしょう?」
つまり厳しい師匠に会って、既に知られているらしい監督不行き届きを叱られるのが怖いという理由。
「ぐっ」
内心をしっかりと見透かされた上で、統治者としてというよりは武人としてのあり様を突き付けられたデイオンは、だからこそ言い訳もでない。
「そう、ですな……」
気持ちを固めたデイオンが立ち上がってティリアーズに向かって頷いた。
実際のところティリアーズにそうとバレている通り、話題の師匠――ヴァルアス――の動向は把握している。シュクフ村で一歩出遅れてからは、直属の騎士団から諜報部隊を動かしていたためだ。
「――♪」
それでもやや重い足取りのデイオンは、無意識に機嫌の良い鼻歌を漏らすティリアーズを連れて部屋を出るのだった。
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