五十一話 二人の冒険者・十五
カヤとヴァルアスがシライトたちの計画を阻止してから日が明け、昼を過ぎてしばらく経った頃には、ゲールグ領の騎士団が捕らえに来た。
ヴァルアスが道端亭に初めて来た日に食事を共にした小太り体型の中年商人にすぐの通報を頼んでいたとはいえ、相当に早い到着だといえる。
冒険者という戦闘能力の高い捕縛対象であるとはいえ、衛兵ではなく騎士が送られたことも含めて、領主にとっていかに衝撃的な出来事であるかがうかがえた。
「ご迷惑をお掛けします…………」
「お、おう……?」
だがぴりぴりとした空気をまとってやってきた騎士たちは困惑している。
冒険者たちは暴れるどころか自ら手を差し出し、うなだれて消沈しながら大人しくしているからだ。
中心となっていたシライトが叩きのめされた上で、粛々と従っているのが大きいのだろう。
またカヤのとった手段に対しては、やはり納得のいっていないものも実はそれなりの割合でいたものの、多数かつ複数箇所に用意されていた魔獣を蹴散らしたヴァルアスの武威に黙るほかなかった。
「大変……ですね、これから」
騎士団をこの野営地まで連れてきた商人が、やや暗い顔で口にする。
それはこれからゲールグ領内の冒険者の中で主導的な立ち位置にならざるを得ないであろうカヤに向けられたものだったが、商人としての自身の活動に対しての不安でもあるようだった。
地域の治安という意味では、おそらく大きな影響はでない。
そもそもガーマミリア帝国では領主の衛兵と騎士が魔獣や盗賊の討伐を担当するのであって、冒険者は流れの何でも屋として、いうなれば隙間を請け負っていたにすぎない。
その隙間であるところの、一部庶民や商人にとってはたまったものではないかもしれないが、それにしてもそもそもは領主の責任だ。
だが、この地域で冒険者として活動してきた当事者にとっては、そう割り切れるものでもない。
何より信頼という大きな資産を失ったことは、おそらくこれからの活動に相当な悪影響として圧し掛かってくるだろう。
「頑張るだけっす。ウチはウチなりに」
とはいえ案外と朗らかに受け応えたカヤは、この地域を少なくとも当分は離れる気もなかった。
ここに残れば商人の見立て通り、カヤはこの地域でシライトの後釜として主導的立場に立つことになると、自覚もしていた。
それが貧乏くじであろうことも。
「できる範囲でいいから、手を貸してやってくれ」
「ええ、もちろん」
ここまで黙って見守っていたヴァルアスが、たまらず助け舟をだすと、商人は言葉通り当然だという風情で頷いて見せる。
弟子にしたとはいってもカヤは子供ではない。いつまでもべったりとついて面倒を見る訳にもいかないし、そろそろヴァルアスは自分の旅に戻るつもりでいた。
「何かあればワシを頼りに来い」
「ありがとうございます、師匠」
事前に当面の旅の予定経路を伝えられていたカヤは、嬉しそうに応じる。
それはもちろん、手段が増えるというような即物的な喜びではなく、ヴァルアスが今後も師匠としてあり続けてくれるという安心感だった。
「…………」
「師匠?」
不意に黙って視線をさまよわせたヴァルアスに、カヤは不思議そうな目を向ける。
道端亭へと辿り着く前の経験から、ガーマミリア帝国での冒険者のありようについて思うところのあったヴァルアスは、今回の出来事で帝国の冒険者たちが抱く苦悩に改めて触れたことでなお更懸念を深めていたのだった。
とはいえ、それをここでカヤに話しても不安を増やしてしまうだけだと、ヴァルアスは首を軽く振って考えを一旦打ち切った。
「いや、なんでもない。頑張れよ、我が弟子」
「はいっす!」
困難な状況を前にしても快活に振舞う、正に冒険者然としたカヤの様子を見て、ヴァルアスは希望もまた抱くのだった。
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