五十二話 老いてなお英雄
ケネ・ザイブは行商人だ。
五十代半ばという年齢でも商売のやり方を変えないケネは、その肩書を胸を張って名乗っている。
というのも高齢の行商人というのは珍しい。
普通は稼げるようになった時点で拠点を定めて店を構えれば一端、人を雇って支店を持てば一流だ。あるいは、稼げるようになれなければ歳を重ねる前に別の職に活路を求めることになる。
だからこそ“行商人”ケネと称される、山賊のようなひげ面のこの男は、一見平凡でその実異色さを象徴するその二つ名を気に入っていた。
そんなケネにとっての交易路上の要衝として、昔から重視されていたのがシャリア王国の誇る交易都市スルタだ。
交易都市であるのだから行商人が重視するなど当然のこと……というだけではない。
ケネが駆け出しも駆け出しの十代の頃から、まだ村であった当時のスルタで冒険者ギルド長を務めたヴァルアス・オレアンドルとの関係があってこそだった。
そして今はヴァルアスがいないスルタを訪れて、ケネはまずヴァルアスとの共通の知人に会いに来ていた。
スルタ郊外の農業地区にある大きくはないが緻密な造りの家。
「ではギルドの方は意外と混乱なく落ち着いたのですなぁ」
前都市長にして先代領主ガネア・スルタ・ソータから、現在のスルタ冒険者ギルドの様子を聞いていたケネは露骨にほっとして息を吐いた。
スルタやその周囲の治安が乱れるようなことがあれば、ケネにとっては商売上の損失に直結する。
「ケネはテトちゃんを甘く見過ぎてるヨ。あの子は組織運営の手腕なら父親以上の怪物だネ」
「あぁ? ……いや、そうか、そうだな」
同席するシィア・テンテアルからの横槍に、反射的に言い返そうとしてから、ケネは思いとどまって同意した。
国中を常に移動するケネとしては、スルタを拠点とする商人であるシィアよりこの都市と人々のことを把握してはいなくて当然だ。
「それで、ケネよ。君の方はどうだったのだ?」
それとなくひりついた空気を滲ませるライバル商人同士に割って入る形で、ガネアがケネの持つ情報を催促する。
これ以上に空気が悪くなるのを防ごうとしたのか、単に話を聞きたかっただけなのか、そんなことが頭に過ぎってケネは毒気を抜かれる思いがした。
「あっしは隊商で移動している時に偶然会いやしてね。あ、炭鉱町ゴロでの話は聞き及んでおいでで?」
「それはすでに、な」
「なら――」
ケネはまず自身で見聞きした話から始める。
厄介極まりないウォートータスをほぼ独力で討伐したばかりか、その場の誰も気付いていなかった呪いの品から少年商人を救った話。
「その後はそのまま北に、帝国の方へと向かったようでして――」
そしてガーマミリア帝国へと入ってすぐ、謎多き理術使いに挑み、純朴な少女を無事に連れ帰った話。
「あと、これは向こうもまだ混乱していてはっきりとしない噂なんですがね――」
さらにはガーマミリア帝国内ゲールグ領にて、前代未聞の冒険者による領都襲撃未遂を、地元の若い冒険者と協力して事前に食い止めたという話。
どれもこれも大層な話で、普通の冒険者の噂話であれば誇張に誇張を積み重ねた話か、あるいはそもそも根も葉もない噂と切って捨てられるような内容だった。
だがこれらは全てヴァルアス・オレアンドルに関するものだ。
「ふはっ」
普段から厳格で、しかめ面をしていることも多いガネアが笑いを噴き出したことに、話した商人とその横にいた商人は二人して似たような驚きの表情を見せる。
「そうか、そうか……。そういうことなら、良かったのかもしれんな」
「何がですかい?」
思わずケネが聞き返すも、機嫌が良さそうなガネアは曖昧な返事ではぐらかす。
そもそもとして、テトがヴァルアス離脱後の冒険者ギルドをそつなくまとめたことで、実務上の問題というのは最小限に抑えられていた。
実際に、魔獣被害がスルタ付近で多くなるようなことは起こっていない。
そうなるとヴァルアスが離れたことによる問題というのは、主に政治的な部分。つまりはガネアにとっては息子である都市長ザンクが負うものだ。それなら大いに苦労しろとすら厳しい父であるガネアは思う。
だから、近頃はつまらなそうな表情をすることが多かった親友が往年の勢いを取り戻したようであることは、単純に心地よく感じたのだった。
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