五十話 二人の冒険者・十四
シライトを含む三人が倒れている横で、戦斧を弾かれた時に痛めた手首をさするラーフィアがカヤに話しかけていた。
「すごいねぇ、カヤ。正直、半信半疑であんたに加担したけどさ、ここまで作戦通りなのを見ると、やっぱりあんたの言ってた通りだったのかなって思うよね」
シライトの計画に不安を抱いていたところを見抜かれ、襲撃開始前のカヤに説得を受けていたラーフィアだったが、単独でシライトに挑んで敗北したカヤに対して失望感を抱いていた。
どれだけ理を尽くしてカヤが説明しようとも、やはりガーマミリア帝国の冒険者としては戦って負けたという事実は大きい。
さらにいえば、単独で挑んだカヤの行動はそもそも理性的とはいえなかった。
驕ったカヤが目を曇らせていたとしか、本人にも説明のしようがないことであったが、ラーフィアからすれば疑念ばかりが膨らむことだ。
傷は癒したものの消耗したカヤが必死な様子で協力という名の裏切りを求めてきた時には、ラーフィアは心底から苦悩した。
だが、何度考えてもやはりシライトの計画は止めるべきという不安は大きく、半信半疑ながら奇襲役を引き受けたのだった。
その結果はカヤのかく乱が始まってから目前で繰り広げられる、事前に聞かされた予測通りの展開に、内心では驚きっぱなしであった。
最後に奇襲で仕留められなくともシライトを抑え込むという役割にあわやというところで失敗したにもかかわらず、見事な身ごなしで一撃を叩き込んだカヤを見たことで、ラーフィアの中でカヤの評価が一気に上昇して今の状況に至っている。
「まだこれからっすよ」
言葉通りに、カヤは引き締まった表情を維持していた。
「あ、そうか。あちこちに放置してる魔獣をなんとかしないと。被害が出たら最悪だよねぇ」
「いえ、そうではなく……」
まずラーフィアが思い至った後始末は、カヤの頭にあったものとは違うようだった。
「皆を説得しないと」
「ああ、確かに。でもそれはこの状況だし大丈夫だよ」
倒れたシライトへ目を向けながらラーフィアは楽観的に告げる。
それだけシライトの求心力が大きかったということでもあるし、集めて放置された魔獣の方が問題として厄介だということでもあった。
だがカヤの言葉は問題の優先度についてのものではなく、役割分担についてのものだった。
「魔獣の方は師匠が引き受けてくれたので、大丈夫っす」
「それって……」
ここで表情を緩めたカヤの返答に、ラーフィアは道端亭で有名となっていたカヤの師匠を思い出していた。
*****
クルツはゲールグ領各所で流れの冒険者として活動してきた中年の男だ。
実力も実績もそこそこ止まりであるために、今回は重要な計画の事前準備として魔獣の誘導を任されていた。
だがクルツがパーティの仲間と指示されていた場所に来た今、視界の中では計画が崩壊していく光景が展開されている。
「ふっ!」
鋭く息を吐いた老人――ヴァルアス――の姿が霞んで消える。冒険者として“そこそこ”ではあるクルツの目であってもとても追うことはできない速度。
「あ……あれ?」
瞬きのうちに両断された計五体のフォレストリザードとファングウルフを見て、クルツの隣で若い冒険者が呆けた声を出した。
「ぜぇ……ぜぇ、ぶはぁ。あぁ……歳は……本当に……取りたくねぇな」
顔中を汗に塗れさせ、心配になるほど息を切らせたヴァルアスが愚痴をこぼす。
そして次の瞬間にはまた姿が霞み、離れた場所に現れて魔獣の死骸が増えていた。
老いたヴァルアスの持久力では、ゲールグ領中を走り回って各所で魔獣を討伐するなど大変なことだ。
「これでっ……最後っがはっ、ごっほっ……げはぁ……」
ウォートータスには及ばないもののウシ程の大きさと厄介な頑丈さで知られるバーニィトータスを雑な剣筋で斬り飛ばしたヴァルアスが、草原のただ中に座り込んでむせている。
「これは……夢か?」
あまりのことに止めようと動き出す機会すらつかめなかったクルツが呟く。
個々ではそれ程でもないとはいえ、それなりの数が誘導されてきていた群れを見る間に倒してしまうなど、例え一見みっともない程に憔悴しながらであろうとも、クルツたちからすれば十二分に人間離れした所業だった。
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