四十九話 二人の冒険者・十三

 「やってくれたな……っ」

 

 苦々しく呟いたシライトが右に左と視線を巡らせる。

 

 カヤの姿を探すその視界の中には、主導的な立場にある冒険者三人が倒れる姿、そして少し離れた場所で未だ騒乱する野営地も映っている。

 

 じゃり、と地面を踏む音に反応してシライトが目を向けると、そこには決然としても見える無表情で立つカヤ。

 

 野営地と倒れる三人を背にして立つシライトの向く先に、カヤは油断なく立っており、その距離も絶妙であったためにシライトは仕掛け損ねていた。

 

 「カヤっ! 相変わらずだな、この冒険者の風上にも置けん奴め!」

 「残念、こっち風上っす」

 

 昼に返り討ちにあった時とは違い、かく乱と罠を仕掛けてきたことをシライトは殊更に大声で責める。

 

 しかし、カヤはその冷静な瞳の温度を変えず、くだらない冗談で返しながらも油断なく立っていた。

 

 「あと大声を上げても、シライトさんの仲間たちは離れているから聞こえないっすよ」

 「それはどうかな?」

 

 狙いを見抜いていたカヤが冷めた声で指摘するも、シライトは不敵に笑みを浮かべる。

 

 「ここは野営地から見てお前の言う通り風上側だ。おかげで遠くても声は良く届く。火を使ったのが裏目にでたな!」

 

 策を弄することを得意とするカヤに思考で上回ったと、シライトは胸を張った。カヤが火属性の理術まで使って騒ぎを起こしたばかりに、煙を避けたシライトは今この位置にいて、それが結果として有利に働くこととなった、と。

 

 だから先の大声が一種の救援要請だったと見破ったのは見事であっても、無駄だというのは見誤っているとシライトは告げたのだったが、しかし間を置いても誰も駆けつけない。

 

 離れているといっても、野営地はすぐそこ。状況に気付いているのであれば、とっくに誰かが来ているはずだった。

 

 「ほらね」

 

 軽く顎を引きながら「それみたことか」と示してくるカヤを見て、シライトの綺麗な顔に赤みがさす。

 

 「なぜだっ!?」

 

 怒るシライトにカヤは悠然と口を開く。まだ話していても余裕があると確信しているというのを態度で示していた。

 

 「なぜって本気で言ってるんすか? シライトさんが主要な人を集めてここに来るって予測して罠を仕掛けたのが誰だと思ってんすか」

 「っ!」

 「この場所、……ほら、一帯は開けているのにここら辺だけ大岩がごろごろとありますよね? 人って不安な状態で相談事とかすると、無意識に大きなものの近くに寄るんすけど、この大岩のせいで音が変な反響するらしくて、この位置からは声が遠くに届かないんすよ」

 

 シライトの怒りに歪んでいた表情が、今度は驚愕に染まる。

 

 あまりに甘い想定をした自分の混乱ぶりも、それを引き起こすための騒ぎも、どちらもカヤの手の平の上であったという事実に。

 

 そしてそうであれば、それ程周到で、味方から疎まれる程策に長けるカヤが、今こうしてのうのうと会話しているのは……。

 

 「甘いっ!」

 

 驚きを引っ込めて双眸を鋭くしたシライトが、突如反転してロングソードを引き抜きざま立てて構える。

 

 「くっ、止めたか。さすがにやるねぇ!」

 「ラーフィア……っ!」

 

 シライトに背後から切りかかったのは、気絶していたはずの冒険者の一人だった。

 

 「それは……っ、始めから!?」

 「悪いねシライトっ、でもっ!」

 

 ラーフィアと呼ばれた若い女冒険者の襟元からは、破れた着衣型魔導具の端が見えている。

 

 それは一度の使用で破損してしまうものの、ある程度までの理術をほぼ無効化する代物だった。

 

 使い捨てということで費用対効果の良くないその魔導具は、普段から着こんでおくようなものでは決してない。

 

 つまりこの奇襲は、その前段階のカヤの罠と併せて仕組まれていたということだ。

 

 いつの間に、ということをシライトは考えるような余裕はない。

 

 冒険者たちの間でリーダー格であるからこそこの場にいたラーフィアは、シライトにも匹敵するほどに強い。

 

 特に今切りかかっている戦斧による攻撃の力強さは、ゲールグ領の若手随一だった。

 

 そして、そんなラーフィアを事前に接触して説得し、罠によって他のリーダー格を封じ、呼んでも助けのこないこの場所でことを起こしたカヤは、最後の仕上げにかかる。

 

 「づあぁっ!」

 「くっそ」

 

 後ろから迫るカヤに気付いたシライトが、鬼気迫る咆哮をあげて振り回した剣によってラーフィアが弾かれて下がる。

 

 そしてそのままの勢いでカヤを迎え撃つべく、シライトは体を反転させながら水平に剣身を奔らせた。

 

 「な!?」

 

 振るった剣閃の軌道上にカヤはおらず、シライトはただ空気を裂いたことで体勢を大きく崩す。

 

 「ぃやあっ!」

 

 全力疾走から急にしゃがみ込むことでかわしていたカヤは、そこから伸びあがる勢いを全て手にしたショートソードに乗せて、柄側をシライトの脇腹へと叩き込んだ。

 

 「ぐ……う……がぁ」

 

 それでもまだ動こうという気配を見せていたシライトは、さすがに強烈な衝撃に抗いきれず、意識を手放して倒れ伏す。

 

 ヴァルアスと出会う前のカヤであれば、どれだけ策を用意しても最後の局面で返り討ちだっただろう。

 

 つい先刻までのカヤは、驕って手段を選んだために一歩及ばなかった。

 

 そして己で培ってきたものと、ヴァルアスに鍛えられた力を怖じけることなく全力で使う今、知武勇を兼ね備えたカヤはついにシライトを凌駕したのだった。

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