四十六話 二人の冒険者・十
ヴァルアスがカヤから聞いた経緯は、話としては単純なものだった。
ゲールグ領を中心に活動する冒険者たちが良からぬことを企んでいた。それを偶然にも知ったカヤは主導者のシライトを止めようとした。だが一対一で挑んだ戦いに敗れ、命からがら逃亡して今に至る、と。
「追っ手は?」
「完全に撒いたっす。向こうは向こうで人手に余裕はないようで、まさかここに戻っているとは思わないだろうし、しばらくは見つからないはずっす」
傷は治してあるとはいえ、相当に体力を消耗しているようで、カヤは時おり苦しそうな息を吐きながら説明した。
負傷した状態で、余裕のない相手とはいえ冒険者たちから逃れきったのは、さすがといえる手際だ。
だが、カヤの説明はそんな能力を誇るような口ぶりでは全くなく、明らかに言い訳めいた声音をしていた。
「………………」
そしてそんなカヤを、ヴァルアスはじっと見る。
立ったままのヴァルアスが床に座り込んだカヤを見ているために、自然と見下ろす形となるが、不思議と威圧的な印象ではなかった。
ただ、その見透かすような視線に、カヤは耐えられなくなり、先に口を開く。
「その……、怒んないんっすか?」
「何をだ?」
意を決して切り出したことを、質問で返されて、カヤは思わず鼻白んだ。
だが、その一瞬後には、逆に激情して顔が赤みを増していく。
「わかってるでしょう!? ウチの失態をですよ! 英雄に弟子にしてもらって調子に乗った馬鹿の、惨めな勘違いのことです!!」
一息に叫んだカヤが息を切らすのを、ヴァルアスは動じることなく瞳もじっとカヤへと据えられたままだった。
「……うぐ」
そして、一時的な感情に身をまかせたカヤが、吐き出したことで少しすっきりし、またそれによって客観的に自分の行動を自覚して呻いたところで、ようやくヴァルアスは言葉を紡ぎ始める。
「ワシのことを世間では英雄と呼ぶ」
「そう……っすね」
落ち着いた低い声でのヴァルアスの語り出しに、カヤは少しだけいつもの調子を取り戻して頷いた。
「だがな、どれだけの失敗をして、どれだけの人々を自分の馬鹿さのせいで危険にさらしたかなんて、数えきれん」
「……」
当たり前といえば当たり前の話に、しかしカヤは頷くことも首を横に振ることもできず、ただ黙って聞く。
「ワシは……まぁジジイだ。もう失敗が許されるような歳でもない。……こちらとしてはたまったものではないがな」
つい最近の、ヴァルアスにとって人生屈指の挫折を思い出しながら、複雑な表情で言葉を続ける。
「だが、お前はまだ若い。後悔したなら、そこから学べ、そして挑みなおせ……何度でも。その機会を作る手伝いなら、ワシがいくらでもしてやる」
カヤは若手だが、成人したてという程でもない。世間的にはそろそろ責任を随所に問われる年代だ。
だが、ヴァルアスからすると少なくとも娘のテトよりは若い。
さらにいえば、口ではこう言いつつも、ヴァルアス自身も含めて失敗は成功の糧であると信じたかった。
穿ってみれば、カヤを諭し励ますことで、若手に嫌われたばかりにギルドを追い出されたことが何かの間違いであったと証明したい気持ちがあるのかもしれない。
不意にそんな考えが頭に浮かんだヴァルアスは、つい自嘲的な苦笑いを浮かべたものの、それはカヤに見られずに済んでいた。
「ぐっ……ぅぅ……ずすっ」
座り込んだままヴァルアスに背を向けたカヤが、小さく肩を揺らす。
そして再びカヤが瞳に力を取り戻して立ち上がるのを、ヴァルアスはそれほど長く待つこともなかったのだった。
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