四十七話 二人の冒険者・十一

 日が落ちた野営地では、難しい顔をしたシライトに、中年の男が話しかけていた。

 

 「すまんシライト、カヤの奴には完全に逃げられた……」

 

 シライトより随分と年上の彼は口調こそざっくばらんだったが、しかし明らかに遠慮のある一歩引いたような態度を見せている。

 

 「仕方がありません、私も目の前で逃がしてしまいましたし。それよりも明日の朝の決行に向けて順に休みを取っておきましょう」

 

 対するシライトは全く逆。

 

 口調は丁寧だが、その態度は上位者が部下を労うといった風情だった。

 

 「……ちっ」

 

 報告していた男が離れると、シライトはやり場のない自責の念から小さく舌を打つ。

 

 実際に、一対一で相対しながらまんまと逃したことは、シライトにとって失態に他ならなかった。

 

 それによって計画の実行を前にして冒険者たちの中での求心力が低下する、という心配もあったが、何よりプライドが傷つけられた想いを抱いている。

 

 「あの動き……」

 

 元よりカヤは武器の扱いがうまく、理術も使え、その上で手段を選ばない戦術家でもあったが、直接的な戦闘においては強いとはいえなかった。

 

 その金髪も輝かしい優男然とも表現できるような外見に反して、大振りな剣を頼みに時に的確に時に猛然と戦う強さによって名を上げてきたシライトからすれば、先刻の状況では歯牙にもかけない相手のはずだった。

 

 しかしカヤは理術を体術と併用してみせ、積極的な仕掛けでシライトを驚かせ、さらには鬼気迫るような猛撃で一抹の恐怖すら抱かせた。

 

 どれもほんの少し前のカヤには無かったはずのものだ。

 

 「ヴァルアス……オレアンドル……」

 

 シライトは苦々しくカヤの師匠となった英雄の名を口から漏らした。

 

 シャリア王国で冒険者として活動していたこともあるシライトからすると憧憬の的であったその名は、今や胃の辺りを重くさせる響きでしかない。

 

 大きな計画を控えた大事な時期に皆の前で糾弾していた相手の肩を露骨に持たれ、なおかつ事実としてその相手は急成長を果たした。

 

 特にガーマミリア帝国では、冒険者は腕っぷしの強さを重視する。

 

 冒険者が個人で活動する帝国であるから、単純に見えやすいものを判断基準として見ることが多い、というのが理由だった。

 

 だからこそ、実績はあれどもからめ手が多いカヤは仲間の受けが悪く、単純さからの失敗歴はあれども常に正面から戦うシライトは若手ながら主導的立場にまでなっている。

 

 その差が、揺らぎつつあるとシライトは感じて焦っているのだった。

 

 根本的な部分として、純粋にこの地域の庶民の安全を願うシライトとしては、自分の立場をカヤに取って代わられても、それで状況が良くなるのなら構わないと思っている。

 

 だが、ゲールグ領主に現実を認識させ、この地にシャリア王国のような冒険者ギルドを設立するための一手を打つまでは計画に反対的なカヤは認められない、そうシライトは確信していた。

 

 逃げたカヤが領主とその騎士団に計画を伝えたとしても、それ以外の冒険者を掌握しているシライトが知らぬふりをすれば、計画に支障はでないだろう。

 

 しかし、朝から姿が見えなかったかの英雄が敵に回れば、話が違ってくる。

 

 シライトとしては老いた今のヴァルアスがどの程度なのかということは知らないが、それをこの局面で試そうと思えるほど愚かでもなかった。

 

 だからこそ計画の実行を急ぐ必要があるかもしれない。

 

 そう思案したシライトが、朝といわず日の出前に決行を早めることを主要な冒険者たちに相談するべく見渡したところで、その異変に気付いた。

 

 報告に戻ったばかりらしい者が困惑した様子をみせている。

 

 各地に意図的に放置しておいた魔獣を、夜の内に領主の住む街に近い場所まで誘導しておく役目を負っていたパーティの一人だったはずだ。

 

 「どうした?」

 

 自分の所へくるまで待てず、小走りで近づいたシライトが端的に聞くと、その困惑していた冒険者は暗闇の中でもわかる程に表情を青ざめた。

 

 「それが、目当ての魔獣が全部死体になっていて。担当場所の周辺まで探ったけど、辺り一帯の魔獣の数自体も、計画前に普通に討伐していた時より少なくなっているくらいだったんだ」

 「何……っ!?」

 

 驚愕するシライトがその情報を咀嚼するよりも前に、さらに混乱の追い打ちをかけられることになる。

 

 「ぐわっ」

 「な、なんだっ!?」

 「おいっ、あっち燃えてんぞ!」

 「なになになになにっ!?」

 

 急に湧き上がった悲鳴混じりの混乱がその耳に届いたからだった。

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