四十五話 二人の冒険者・九
ゲールグ領内での魔獣の状況に不穏さを感じ取ったヴァルアスは、その後半日をかけて調査しつつ夕方には道端亭へと戻ってきていた。
「……」
難しい顔をして黙るヴァルアスの胸中は平穏ではない。
結果としては、明らかにここ最近の冒険者による報告は虚偽や誤魔化しが大半であることが確信できてしまった。
討伐したり追い払ったりしたばかりであるはずの場所で、ヴァルアスは都度戦闘をすることになったからだ。
「ただのさぼり……いや」
ずるをしたいという理由でのことならば、聞き及んだ話と実際の状況が食い違うだけのはず。
だが実際は、ヴァルアスが確認した数カ所だけでも、冒険者が活動した場所には“確実に”魔獣がはびこっていた。
「これではまるで……」
わざと魔獣を隠してでもいるようだ、という言葉をヴァルアスは口にすることが出来なかった。
冒険者として生き、ギルド長として貢献してきたヴァルアスにとっては、残酷な予測。
しかし、疑いを抱いてしまった以上は目を逸らすこともできない。
「やけに、静かだな」
道端亭の一階酒場ではいつも通りに商人たちが情報交換を兼ねた食事をそこかしこでしている。ゆっくりと今後の計画を練るように、思案顔で一人の食事をしているものもいる。
だが、そこにいつも混じっていたはずの冒険者がいない。
少ない、などという程度ではなく、いない。
商人が集まり始めるこの時間帯は、依頼を抱えていない冒険者にとっては仕事を始める時間だ。
直接依頼を得ることができなくとも、顔を覚えてもらうだけでも価値がある。
だからこの時間のこの状況は、どう考えても偶然ではありえなかった。
「カヤなら何か知っているか?」
休養を言い渡して置いていった弟子は、ちょうどこの辺りが拠点の冒険者だ。ヴァルアスが知らない理由があるなら、きっと何か心当たりもあるだろう。
だがカヤがとっている部屋を目指して二階へと上がってきたヴァルアスは、怪訝な顔をして思わず足を止めた。
小さくすん、と鼻を鳴らす。
「……、血の匂いか」
ごく微かにだが、それは確かに血臭に違いない。
冒険者は怪我をすることも多いが、それだけに治療手段も間違いなく用意している。
消費する類の魔導具である治療薬であったり、水属性の理術を使える理術使いであったりだ。
ここ道端亭が一帯の冒険者のたまり場となっている理由の一つが正にそれで、流れの治療師として活動する理術使いが定宿としていた。
宿の主人としてもそれは利益につながるということで、一階には専用の治療室まで確保されており、仕事中に負傷した冒険者はそこで治療してから自室へと帰る。
あるいは自前の治療手段があるなら、怪我をした現場で治療をする訳であるから、どちらにしても宿泊部屋が並ぶ二階では珍しい臭いだった。
微かであるために、臭いがどこからどこへ向かったかなど皆目と見当はつかないヴァルアスは、しかし嫌な予感がして、先ほどより大股で歩みを再開する。
「カヤ、いるな?」
「――っ!?」
返事がない。が、確かに息を呑む音を聞き取って、ヴァルアスは取っ手へ手をかけた。
「……っ! ……何があった?」
「ははっ……、ちょっと、その……っすね……」
内から掛かるはずの錠が掛けられていないことを訝しみながら扉を開けて、ヴァルアスは力なく笑うカヤの姿を見て驚いた。
開いた扉の先では、血に塗れた姿のカヤが床に座り込んでいる。だが目に付く赤色はその殆どが服に付いて乾いたもので、周囲に転がる黄銅容器はカヤが治療薬を入れて持ち歩いているものだ。
どこかで大怪我をしつつもここまでは何とか帰ってきて、ようやく人心地ついたところ、といった様子だった。
あるいは廊下に血の痕などが無かったことからすると、どこか外で応急処置くらいはしてきたのだろう。
「実はっすね…………」
明らかに気まずそうな、ためらいを含んだ口調で経緯を話し始めたカヤの言葉を、部屋に入って扉を後ろ手に閉めたヴァルアスは、立ったまま黙して聞くのだった。
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