四十四話 二人の冒険者・八

 『我は火なるものに、そして大いなるものに祈る。我は滅びを渇望する故に』

 

 戦闘態勢に入ったシライトが動き出すよりも先に、カヤは火属性理術の準備詠唱を唱え終える。

 

 本職の理術使いと比べれば速いとはいえない詠唱速度ではあるものの、それを十分に補えるような時機の良さというのは、カヤならではの強みといえた。

 

 「む!」

 

 それを見たシライトは、先手を取られたことに内心で焦る。が、それを面には出さず、接敵して完成されるよりも前に潰そうと、やや前傾で踏み込みの体勢となる。

 

 『我らの敵の眼を灼け。――』

 「な!? んだとっ!」

 

 先制の理術を撃つために距離を空けると思われたカヤは、しかしそれどころか自ら距離を詰めてきた。

 

 発動詠唱を唱えながらのその前進に、シライトはさすがに表情にも声にも動揺をだして、動きも止めてしまう。

 

 動揺する、ということは戦闘において非常に大きな隙となる。

 

 その作り出した隙を、さらに押し広げるべく、カヤの理術は完成した。

 

 『――火は爆ぜるものにして、閃き眩ます煌々たる灯りなれば』「フラッシュファイア!」

 「くぅっ!」

 

 カヤが背後に回した左手の上、ちょうどうなじのあたりで音も熱も殆どない炎が爆ぜる。

 

 シライトはとっさに左腕で目元を覆っていた。

 

 だが防ぎきれはせず、無防備な体勢をさらしてよろめいている。

 

 そこに、距離を詰め切ったカヤが迫り、気合いを込めてショートソードを振りかぶった。

 

 「ぃいいいやぁっ!」

 

 そして裂ぱくの雄叫びで加速をつけるようにして振り下ろす。

 

 ――機と見たら全力で攻める。勝てる時に勝ちきれないならば、勝ちはない。

 

 当たり前にも程があるようなその言葉は、カヤが師匠ヴァルアスから受け取った戦闘の心得の一つだった。

 

 なまじ頭が良いばかりに考えすぎて好機を逃すこともあるカヤからすれば、この一月程での修業期間で最も体得に苦労したことかもしれない。

 

 そしてその苦労は、ここにきてようやくと形を成し、必殺の剣閃として正に結実した。

 

 ギィッィィィン

 「……」

 「――っ!」

 

 だがシライトはその大振りなロングソードを一瞬で体側に沿わせて引き上げ、カヤによる全力全霊の一閃をぎりぎりのところで受け止める。

 

 すっと下された左腕の影では、辛うじて開いた薄目を苦しそうにしかめていた。

 

 「(確かに効いてはいるっ!)」

 

 若手ながらガーマミリア最強の冒険者と噂する者までいるシライトが揺らぐ姿に、カヤは追撃の攻め手を苛烈にしていく。

 

 「やぁっ、だっ、えぁぁぁっ!」

 「ふっ! っ!? ……!」

 

 普段の気の抜けたような雰囲気とは一変して攻めかかるカヤに対して、シライトは時おり苦しそうに息を吐きながらも、きっちりと防ぎ続けていた。

 

 そしてそのしかめられていたはずの両目はいつの間にかしっかりと開かれ、動作も徐々に淡々とした様子に変わっていく。

 

 「ぃぃいいいやああぁぁっ!」

 「…………」

 

 ここまでで一番の気合いを放って大きく振りかぶったカヤは気付かない。

 

 攻めあぐねて機を逃しつつあることに動揺した己の剣筋が荒く、単純になっていることに。

 

 そして、すっかり体勢を整え直したシライトの目が、危険な輝きを宿していることにも。

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