四十三話 二人の冒険者・七
ヴァルアスが不穏なことの起こりを察知した頃、期せずしてその正体までを知ってしまったカヤは、結局カヤを疑わなかった冒険者から聞いた“集合場所”へと来ていた。
道端亭からはそれほど離れてはいないそこは、小高い丘に囲まれた周囲から見えにくい場所。警戒のしやすさから、普段でもよく冒険者が野営地に使う草地だった。
「確かに……何やら集合しているっすねー」
胸中の不安を紛らわそうと、カヤは殊更に軽い調子で呟く。
ゲールグ領を主な拠点とする冒険者が軒並み集まっているような状況だった。
それにここにいる冒険者たちの表情は、強張っていたり妙に興奮していたり、と確かに重大な計画の決行日という雰囲気に違いなく感じられる。
「おい……カヤ、お前」
「あぁ、ちょっと来ちゃったんすけど、シライトさんは……?」
そこに通りかかった何度か話したことのある冒険者から、カヤは見咎められた。
混乱する頭で「とにかく止めなければ」と考えたカヤは、呼ばれていない自分がいることを騒ぎにされる前に、機先を制して首謀者の居場所を質問する。
そもそもガーマミリア帝国では冒険者が少ない。とはいえ、この場に集まっている数は数十に及ぶため、カヤ一人で暴れたところですぐに取り押さえられるだけだろう。
となると、計画を主導しているらしいシライトを直接に止めるしかない、という判断だった。
「カヤ!? ヴァルアス老には知られないよう君に対しても隠していたはずなのだけどね……。さすがの目敏さ、ということかな?」
「シライトさん……?」
そしてカヤを見つけた冒険者が言葉を続けるよりも前に、当のシライトの方が見つけて声を掛けてくる。
カヤにとっては都合の良いことに、即排除する対象という程に警戒や敵視されているという訳ではないようだった。
「(あるいは舐められているだけっすかね。それより……)」
内心で自嘲しつつも、反骨心を燃やし始めるカヤだったが、それとは別の事も引っ掛かりを覚える。
シライトがカヤの師匠を指して口にした言葉。“さん”が“老”になっている、という上辺の言葉そのもの以上に、そこに込められていたはずの敬意や憧れが抜け落ちてしまっているような空虚さだった。
初めに声を掛けたシライトではなくカヤを弟子にしたことに嫉妬でもしたのか、あるいは単にこの計画とやらには邪魔であると頭を切り替えたのか。
「計画って…………正気っすか? 魔獣を人が住む街にぶつけるって」
「……ついてきてくれ」
引っ掛かりを一旦飲み込んだカヤが、具体的に質問をすると、場所を変えることを促される。
カヤはすぐに取り押さえる命令が出なかったことにはほっとしつつも、一段階厳しさを増したシライトの表情からは、質問への強い肯定の意思が感じ取れた。
*****
シライトへの絶大な信頼故か、他の冒険者たちから止められるようなこともなく、野営地から少し距離のある場所までカヤはシライトの後ろを歩いて移動してきた。
「一応、確認するが、今からでも私たちに協力する気は――」
「ある訳ないっす」
「――そうか」
言葉に割り込むような勢いで突き付けられたカヤからの拒絶に、シライトは一呼吸の間目を閉じてから、短い言葉で納得を示す。
そもそも、シライトとしても説得できるなどと思ってはおらず、どちらかというとカヤが従う振りをしようとすらしなかったことが意外だったのかもしれない。
かつてのカヤであれば、それも一つの手だった。
何とかして相手の懐に潜り込んでおき、決定的な場面で刃を抜き放って急所に一撃を叩き込む。……それは格上を相手にするなら当然の戦術。
だが、今のカヤはシライトの事を格上とは思っていない。手の届くところにいる相手だと、正面から乗り越えられる壁であると、そう認識を改めている。
「……っ! そう、来るとはね。ヴァルアス老との修行の成果、ということかい?」
修行による戦闘スタイル変更にあわせて最近用意したショートソードを抜き、力の抜けただらりとした構えで腰を落とすカヤに、シライトは今度こそ大きな驚きを見せた。
「逃げると思ってたっすか?」
「そう思っていたよ」
質問に質問で返すことで答えとしたカヤに対して、シライトは素直に考えていたことを答える。
場所を移したのは単に野営地を荒らしたくなかっただけ。カヤが機を見て逃げようとすれば、それを追って仕留める――仕留められる、とそういう目論見だったのだろう。
だが、結局カヤは逃げなかった。そして確かに、以前とは段違いの圧力を放つようになっていた。
「では、思い違いを叩き直すついでに、拘束させてもらおう。……なに、冒険者仲間には違いないのだから、殺しはしない。だから安心してかかって来ると良い」
そのカヤからの圧力を切り払うように大仰に抜剣したシライトは、一般的なものよりもやや大振りなロングソードの切っ先をまっすぐにカヤへ向けて宣言する。
「……っ!」
以前よりも実力が付いたからこそはっきりとわかるシライトの凄みに、カヤは唇を噛んで踏みとどまり、覚悟を固めるようにショートソードの柄をぎゅっと握るのだった。
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