四十一話 二人の冒険者・五
ヴァルアスの弟子になってから一月程が経過したカヤは、久々の休養を満喫していた。
「くぁぁ~っ。最近は全身の痛みも大分ましになってきたっすねぇ」
道端亭に長く借りている二階の一室の中で、寝起きの体のあちこちをぐっと伸ばしていく。
そろそろ昼時も近づいてきた時間。
筋肉痛に加えて擦り傷やあざを全身にこしらえて、ヴァルアスとの訓練中以外は仕事どころかまともに動くこともできない状態が続いたものの、最近になってようやくマシになってきていた。
その事実はそれだけ直接戦闘における動きが良くなってきた、ということを示している。
多種多様な手管を瞬時に考え出す戦術面や、それを実行できるだけの器用さについては、カヤは一月前の時点で完成していた。
だからこそ、足りない部分を補うような訓練内容となっていた訳だったが、それによってカヤの中ではある想いが大きくなってきている。
「今なら……、いや、今こそ……ウチだって」
そもそも強引な展開にも素直に従ったのは、カヤがヴァルアスのような英雄に憧れていたからだった。
それこそ物語の英雄のように正々堂々と正面から魔獣や悪人を蹴散らしたい。
しかし現実として身体能力や直接戦闘技術に優れなかったカヤは、それでも人助けができるようにと試行錯誤を繰り返した結果、今に至っていた。
そこに隔絶した戦闘技術と老いても尚高い身体能力を誇るヴァルアスから修行を受けたことで、カヤにはその冒険者人生において初めて刃を交えることへの自信が芽生え始めている。
「んふぁ……そうなると、休みというのももどかしいっすね」
もっと強くなりたいという願望から、カヤは今は近くにいない師匠の顔を思い浮かべる。
伝説的な英雄という肩書から想像していたよりも気さくで、ある意味実に冒険者らしい気質をしていたヴァルアスは、カヤに休養を言い渡すなり出掛けてしまっていた。
カヤの師匠となってからは道端亭か、そのすぐ近くに留まり続けていたが、最近になって「不穏な気配がする」と言い出し、結局昨晩に調査を始めたのだった。
不穏というのは魔獣の匂いでも嗅ぎつけたのだろうか、と考えながら、一応の身支度を整えたカヤは部屋を出て一階の食堂へと向かう。
「他にも何か感じている人がいないか、ウチの方でも聞いてみるっすかー」
まだ少し活舌の甘い発音で呟きながらカヤが歩いていると、通りがかった若い女が軽く驚いた顔を向けてくる。
「――?」
よくこの宿で見かける冒険者であったが、話したことはなく、名前も知らない相手だった。少なくともカヤには、顔を見て驚かれるような心当たりはない。
「えと、あんたも確か冒険者、だよね?」
「そうっすよ?」
今のカヤは服を着ているのみで武器も持っていないために商人とも見分けがつかない。だが相手の方もカヤの顔くらいは見知っていたようだ。
何せヴァルアスと出会った日にシライトと口論――とカヤは記憶している――になってからというもの、以前にも増して冒険者仲間からの視線が厳しくなっていたからだ。
疎ましい目で見てこない、ということはカヤが“誰”かは分かっていないということだろう。
「何をそんな寝間着みたいな格好でこんなとこにいんのさ!?」
加えて叱りつけるように言われては、カヤとしてはますますと訳がわからなかった。
「……えっと、何がっすか?」
堪り兼ねて、さすがにやや不機嫌にカヤがそう切り返す。
「もしかして一日勘違いしてんのかい? 今日だよ、シライトさんも皆も集合場所で行動を始めてる。こんな大事な日に寝坊だなんて、気の抜けた子だねぇ……」
シライトを中心に何かをする日であり、冒険者であればそれに参加するのが普通、ということだけが分かった。
しかしカヤとしては、それに自分が疎外されていることに落ち込むこともできなかった。
何か……とても嫌な予感がしたからだ。
「あぁ、えと……あれっすよね? あれ。そう、そう……んぅ?」
何とかして怪しまれずに、情報をもっと聞き出そうとするカヤだったが、寝起きで覚醒しきっていない頭である上に、胸騒ぎで落ち着かず、うまい言葉が出てこない。
それが逆に自然な寝ぼけ方にでもみえたのか、女は呆れた表情をしてすんなりと言葉を続けてくれた。
「忘れた訳ないよね? シライトさんの計画の決行日だよ。魔獣の群れを領主の住む街に誘導して、騎士団が苦戦したところを助けて恩を売って、それで冒険者ギルドの設立を認めさせるっていう」
「…………え?」
一息に告げられた内容に、カヤの意識は急速にはっきりと覚醒し、鼓動を加速させた心臓が送り込む血液の流れる音がうるさいくらいに頭中で響いていた。
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