四十話 二人の冒険者・四
たまたま見かけただけの冒険者カヤ・クラキをヴァルアスが弟子にすると宣言してから、十数日が経過していた。
初めの方こそカヤの実力を試し、測るようなことをさせていたヴァルアスだったが、次第に修行の内容は戦闘の稽古が主となってきていた。
「ほれ、また注意が逸れてるぞ。視野が広いのはカヤの良い所だが、目の前の相手への集中も欠かすな」
「は、はいっ……!」
息を激しく切らせながら、木剣で脇腹を小突かれたカヤが表情を引き締める。
ヴァルアスはロングソードを模した即席の木剣を使っていたが、カヤの扱う木剣はそれより短い。ショートソードを片手で持つ戦闘スタイルだった。
圧倒的な器用さというカヤの特性を存分に活かすため、ヴァルアスが片手を空けることにこだわった結果であり、もとより複数の武器を使いこなしていたために既にものになりつつある。
だが武器の扱いと身のこなしをものにした程度では、歴戦の老英雄から見れば未熟に過ぎる。
「息を切らしている場合か?」
「はぁ、はぁ……っ!?」『我は火なるものに――』
急かすような指摘をされたカヤが、距離を放しつつ火属性の準備詠唱である古代語を口ずさむ。
しかし――
「わかりやすく距離を放すな。邪魔されたくないなら、むしろ攻め手を緩めるな!」
バシッ
「あがっ」
今度はやや強く木剣で腕を打たれ、カヤは痛みに呻いて詠唱とともに理術の準備も霧散させてしまう。
修行開始の初期に判明したことに、このカヤという冒険者は理術までも扱えた。
ヴァルアスが見込んだ“策を弄する”性質は、決して逃げの発想ではなく、本当に努力でも何でも惜しまないということだと、示す証拠だった。
「あぅぅ……。師匠の剣速で妨害されたら、無理っすよぉ」
あまりの痛みにへたり込んだカヤが泣き言を言い始める。
「馬鹿者が、加減しとるに決まってるだろうがよ」
「……」
木剣の刀身部で肩を叩きながら軽い調子で言うヴァルアスの言葉に、不満そうにしながらもカヤは立ち上がる。
実際、これまでカヤはなまじ頭が良く、準備も怠らないために、理術が必要なら確実にそれを使える状況へ持ち込むことで、その力を利用してきた。
そもそも剣や槍での近接戦は最後の詰め、あるいは不意に近づかれた際に逃げるまでの時間稼ぎという発想だった。
故に集中力を必要とする理術を、剣を振り、体を激しく動かしながら行使しようなどという発想すらしてこなかった。
だが老英雄は、カヤよりもカヤのことを既に把握し、そして高く評価しているようだった。曰く――「その器用さなら、理術と剣術の併用ができるはずだ」――と。
単純に強くなる、という目的であれば、剣は剣、理術は理術でそれぞれに極めた方が強い。現実にヴァルアスも理術は使えないが、それが強さを霞ませるものではない。
しかし器用さを軸に、手段の豊富さが強さへと直結するこのカヤの冒険者としての“強み”ということでいえば、とにかくできることならできるようになるべき、という判断だった。
「でも頑張らないとっすよね。ウチも師匠やシライトさんみたいに正々堂々と戦える立派な冒険者にならないと」
「はぁ?」
気合いを入れ直して再び模擬戦に戻ろうとしたカヤに、ヴァルアスは整えられた白ひげの上から顎に手を当てて、頓狂な声を出す。
目も口も大きく開いたその顔は、表情だけで「何を言うとるんだ」と聞こえてくるようだった。
「正々堂々? ワシの弟子となったからにはそんな考え、とっとと捨てっちまえ。大体……ワシを何だと思ってるんだ?」
今さらといえば今さらな問いに、カヤはどこか恐る恐ると回答を口にする。
「英雄……っす」
「そう、英雄だ。戦争のな」
ヴァルアスが間抜けにすら見える表情のまま発したその言葉は、カヤにはとてもとても重く聞こえた。
ヴァルアスは冒険者だが、巨人族に対して人族が竜族と協力して立ち向かった戦争で活躍した人物だ。
そして今のような世の中があるのは、その戦争で勝ったからに他ならない。
負ければ種族として死を待つしかなくなる、紛うことなき生存闘争。それがかの戦争だ。
頭の回転も察しも良いカヤは、既にヴァルアスが何を言いたいかは理解している。
だから、ここでそれ以上に食い下がるようなことはできなかった。
「そう、っすよね。勝たないと……勝って守らないと、っすもんね」
「そうだ。いうまでもないが、冒険者が守るのは名誉じゃない、人々の暮らしと命だ。人族の生存圏を守り、切り拓くからこその冒険者だと、肝に銘じとけ」
「うっす」
小さな声で答え、頷くカヤは、常よりいじけて見えるその顔を一層と曇らせていた。
明らかにまだ不満がある、という表情だったが、深く頷いて顔が下を向いていたために、幸か不幸かそれはヴァルアスに見えてはいなかった。
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