三十九話 二人の冒険者・三
つい先ほどまでヴァルアスが食事をしていた道端亭という宿酒場は、街道沿いという立地だが、少し離れた場所には林があった。
まばらに木の生えるその林は規模も大きくなく、危険な魔獣も殆ど出ないことから、昼間であれば道端亭の客が散歩をすることもあるような場所だ。
とはいえ、いくら名前も付いていない小さな林だといっても、夜となると話は違った。
「こ、こんな暗い場所まで連れてきてウチをどうするつもりっすか!?」
襟を掴まれていたとはいえ割りと素直についてきたカヤは、ここまでくるとさすがに不安に耐えられずに声を張り上げた。
話の流れから怒られでもするのかと思えば、カヤも名前を知る英雄から弟子にすると言われたことは、やはり心を浮き立たせる出来事。だからこそここまでは黙ってついてきていたのだった。
「言っただろう? カヤ・クラキ、お前をワシの弟子にする」
「あ、ウチの名前を……」
カヤからすると驚いたことに名前を把握されていたという事実は、嬉しさと不安を半分ずつその心中に巻き起こす。
結果として、カヤは複雑な表情で口をもごもごとさせた。
「という訳で、だ。まずはこの林で一晩過ごせ。ワシは朝になったら様子を見に来る」
「は……?」
言い淀んでいる内によく分からないことをヴァルアスから言い渡されて、カヤは呆然とする。
純粋に意味が分からなかった。
というのも、老英雄が弟子にするとまでいったからには、きっと厳しい修行をさせられるのだろうと。それはきっと、冒険者仲間からも卑怯だとなじられる自分を変えてくれるものなのではないかと期待していたから。
真っ暗な夜の林というのは、確かに危険だ。だがカヤとてそれなりに経験のある冒険者であるし、もっといえば、ただ一晩過ごすだけなら冒険者でない一般人でもじっとしていれば無事に済む可能性の方が高い。
「あ、ち、ちょっと! ししょ……あ……その……ヴァルアスさん!」
しかし既にヴァルアスは背を向けて歩き去り始めてしまい、「師匠」と呼んでも良いものかと戸惑っている内にも行ってしまった。
「えぇぇ……」
後にはただただ戸惑うカヤの声が、夜行性の動物や虫の声と混ざって流れていくのだった。
*****
ヴァルアスに関して多く語られる話の中には、あまり有名ではないものも当然ある。
隠し事でも何でもないが、ギガンタスこと巨人族との戦争をはじめとするヴァルアスの“強さ”に焦点を当てたもの以外は、やはり受けが悪いために知られざる話となってしまっていた。
そうした逸話の筆頭といえるものが、教え魔ヴァルアスに関してだ。
気に入った相手がいれば、状況や相手の立場も無視して戦い方や冒険者としてのあれこれを叩き込もうとする。
その犠牲者――もとい弟子たちは人族各国に散らばっており、シャリア王国の冒険者タツキ・セイリュウやガーマミリア帝国の皇帝デイオン・ガーマミリアがその中では知られている方だった。
そして最新の弟子と見込まれたカヤの目前に、日の出とともに姿を再び現したヴァルアスが立つ。
「えっと……」
一晩が経っても困惑の抜けないカヤが言い淀むが、真剣な表情のヴァルアスは口を開かない。
「…………ふぅむ」
そして小さく唸りながら、右手を顎に当てた思案顔でカヤの周囲を歩いて一回りした。
「あれは?」
そして少し離れた茂みの近くに鋭く目線を向けて、短く質問する。
そこだけ若干色が違う地面を指摘されて、カヤは何とも複雑な表情を見せる。それは聞かせたい気持ちが半分で、もしかしたら余計なこととして怒られるだろうかという不安がもう半分を占めるものだった。
「その……、もしかしたら宿の人たちも危なそうな位置に魔獣が、フォレストリザードが数体いたので……」
「なるほど」
仕留めて埋めたということのようだった。
「すごいな!」
「っ!?」
一転した快活な笑顔での短いが率直な誉め言葉に、カヤが嬉しさを顔いっぱいに広げる。
「群れをつくらないフォレストリザードは確かに比較的楽な相手ではあるが、隠密性と速さはそれなりのものだ。それを夜の林できっちりと捕捉して倒す、しかも全くの無傷で、とはな」
ヴァルアスが指摘するように、カヤは全身ぐるりと無傷だった。さすがに衣服に土汚れはついていたものの、肌にはかすり傷ひとつ付いてはいない。
視界のきかない中で枝に擦られることすらなく、一連の魔獣退治をしてのけていた。これはヴァルアスがこの新弟子に期待したものをはるかに凌駕していた。
何より、この突発的に林へ放置された状況下で、まず人々の身の安全を優先して行動していたことがヴァルアス好みの気質で、こちらは正に期待した通りだった。
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