三十五話 シュクフ村の珍しく騒がしい日・二

 どこか得意げな様子で英雄ヴァルアスの何たるかを語る少年行商人と、それを囲って何度も何度も頷くシュクフ村の村人たち。

 

 「ほほ~、では行商人さんもヴァルアスさんに助けられたのですな」

 「ええ、今は一旦実家と距離をとりつつケネ師匠の元で行商の修業中なんです」

 「だから我が村へも来てもらえた訳ですな。良ければこれからもぜひ」

 「そうですね、面白い物も手に入りましたし。ぜひごひいきにしてください」

 

 いつの間にか最前列まで出てきていた村長ガナーがにこにこと機嫌良さそうに話している。

 

 先日の理術使い騒動のようなことが無ければ、基本的には退屈に過ぎるほど平穏な村だ。

 

 だからこそ、ようやく戻ってきた日常を村の皆が噛みしめるように味わって過ごしている。

 

 しかし騒動とは基本的に無縁、という彼らの考えはまたも否定される。

 

 「村長!」

 

 村の外まで家畜を運動させに行っていたはずの、若い男だった。

 

 「……どうした?」

 

 村の問題には無節操に首を突っ込まないくらいにわきまえているということを示す態度でペップルはすっと口を閉じ、ガナーはどこかためらいを見せてから用件を尋ねる。

 

 だがそれなりの距離を走ってきたらしい男は、焦ってこそいるものの深刻という程の顔色でもなさそうだった。

 

 それを確認したガナーは男が息を整えるのを待つ。やがて男は来た方向を指しながら話し始めた。

 

 「き、騎士様の一団が村へ向かってきてる」

 「騎士様……? 衛兵団ではなくて……か?」

 

 思わずガナーは聞き返すが、男ははっきりと頷く。直接質問した訳ではないだろうが、そうと確信できる様な見た目ではあったということだろう。

 

 「領主様はどうして今頃……」

 

 領主として土地を有する貴族が比較的強い権力を握るガーマミリア帝国では、自領の問題を解決するための軍事力を各領主が備えている。

 

 中でも騎士団は精鋭で、高い練度と高品質な装備を持つ最高戦力であるのが普通だ。

 

 それだけ魔獣の被害というのは時に深刻であり、そのくらいの備えが無ければガーマミリア帝国の領主など務まらない。

 

 一方で、そんな精鋭だからこそ、動かすだけでも大金が掛かってしまうし、そもそも最高戦力を気軽には動かせない。

 

 であるからこそ、一般的な治安維持や一定程度までの戦力としては、騎士団と比べて質より量に重きを置いた衛兵団が存在した。

 

 シュクフ村の属する領地を治めている領主というのは率直にいって怠惰な人物であり、何度か陳情していたとはいえ理術使いの件も無視されるのがオチだとガナー達は考えていた。

 

 あるいは精々が、随分と後になってからごく小規模な衛兵部隊がやってきて様子を尋ねて帰るくらいだろう、と。

 

 だからこそ国境関所付近まで冒険者を探しに行くということまでしていた訳だったが、ことが解決して比較的すぐ、そしてよりによって騎士団が来るなど予想外だった。

 

 「と、とにかく、えぇと、どうする? 子供たちは家に帰しておくか」

 「そこまでしなくても……、領主様の命令で様子を見に来ただけでしょう?」

 「いや、しかしな……。あっ、行商人さんにはすみませんな」

 「いえいえ、僕のことはおかまいなく」

 

 そうしてガナーを筆頭に皆が慌てている間に、男が話した通りに一目見て騎士だと確信できる立派な鎧――旅用なのか軽装ではあったが――を身に着けた一団がやってくる。

 

 全員が徒歩であり、最後方にいる一際に存在感のある人物が指揮官であるようだった。

 

 「……?」

 

 軽装鎧ながら見事な意匠をしていることや、それぞれが身に纏う雰囲気からして彼らが騎士であることは疑いない。

 

 だが、だからこそ、誰もウマに乗らず、雑用をこなすそば仕えに該当するような者も見当たらないその一団は異様に見えた。

 

 これではまるで、所属する全員が一線級の戦闘要員であり、強力な魔獣ですら恐れをなして逃げ出すという帝国最強の騎士団――皇帝直属のガーマミリア騎士団ではないか、とガナーは突拍子もない自身の考えに慄いていた。

 

 なにしろ、もし、もし万が一そうであれば、最後尾で指揮をとる人物は指揮官などではなく、この帝国で最も位が高い人物ということになってしまう。

 

 「ど、どどどうされましたでしょうか、騎士様がた……」

 

 村人たちよりも一歩前に出て膝をついたガナーが恐る恐る質問すると、ガナーとしては勘弁して欲しかったことに、よりによって指揮官らしき騎士が目前まで近づいてくる。

 

 その皺が刻まれた厳しい相貌は初老に近い中年といった年齢にみえるものの、分厚い体格と堂々とした振る舞いからは青年のような若さすら感じさせる。

 

 だが厳しさだけではなく慈悲や思慮深さも備えた眼差しは、決して若々しいだけではなく、年齢相応の経験を積んでいることも示していた。

 

 何より、その全身から発せられる雰囲気だ。

 

 ただ近づいてきただけで、膝をついていたガナーは緊張が増し、質問するために上げていた顔を思わず伏せてしまっていた。

 

 「我らはガーマミリア騎士団だ。突然の視察で済まないな、村長に違いないか?」

 「は、はひっ! ガナー・ジャンと、申し、ますっ」

 

 なんとか名前は噛まずに伝えたガナーは内心で悲鳴を上げる。まさかの予想が当たってしまっていた。

 

 この騎士団は領主の使いなどではない。皇帝デイオン・ガーマミリアとその直衛騎士たちだ。

 

 領主にすら放置気味にされている田舎村に、なぜか突然皇帝その人が直属の精鋭部隊を引き連れてやってきたとは青天の霹靂としか言いようもない。

 

 ガナーは背中側で村人たちも尋常ではなく驚いている空気を感じ取る。

 

 「……?」

 

 しかしそこでガナーはおかしなことに気付いた。

 

 シュクフ村側の人間たちが動揺しまくっているのは当然だ。庶民が一生会うことが無くても不思議ではないような相手が目の前に来たのだから。

 

 では目の前の、そのものすごく偉い相手が何やら気まずそうな表情をしているのは、何故なのだろうか?

 

 「……すぅぅぅ、聞くが」

 

 本当にらしくもない仕草で細く長く息を吸ったデイオンは、質問を切り出す。

 

 伏せていた顔をあげてガナーが聞く態勢となると、何故か聞こうとしている本人が聞きたくないというような雰囲気をしていた。

 

 皇帝という地位にありながら、国を代表するほどの武人としても知られる偉丈夫が、まるで出来心でやってしまったイタズラの顛末を聞く子供のような仕草だった。

 

 「ししょ……ヴァルアス殿がここへ立ち寄ったというのは、本当か?」

 「は? はい。つい先日のことになります――」

 

 つい先ほどヴァルアスが高名な冒険者であることを知ったばかりのガナーは、話を聞いたうえでもまだ侮っていたことに気付く。

 

 何しろ一国の元首が自ら動向を探りに来るなど、生半可なことではない。

 

 まして、気にされているどころか、実はあの老冒険者がこの皇帝の剣の師匠であったなどということはそれ程知られてはおらず、ペップルからの話の中にもそこまでの情報はなかった。

 

 こうしてシュクフ村が領主の怠慢によって苦労を強いられていたことと、それを通りすがりの冒険者が解決したこと。そしてデイオンにとっては頭の痛いことにその経緯の全てをヴァルアスに把握されているという事実。

 

 それらがガナーの口からデイオンへと伝えられたのだった。

 

 この後にシュクフ村を含む地域の領主は皇帝直々に叱責を受けて痛い目をみることとなり、領地への関わりも徐々に改善されることとなるが、それはまた別の話であった。

 

 *****

 

 「はは……すごいな……」

 

 ヴァルアスへの尊敬がさらに深まるような出来事を目撃した後、ペップルは村人から場所を聞いた理術使いの塔跡地へと訪れていた。

 

 そこは森の中に突如現れる木くずの山としか言いようのない場所で、つい最近までここに建っていたものの話を聞いていなければ、建材のゴミでも捨てた場所かと思っていたかもしれない。

 

 とはいえ、理術使いでも戦士でもないペップルはそこを見ても何が得られるでもない。

 

 ただ何となく見たかった、という好奇心から足を運んだだけだ。

 

 一応村人によって簡単な調査はしたらしく、金目のものどころか、木や草の残骸と多少の金属片が山となっているだけで、本当に何もなかったらしい。

 

 「なるほど……」

 

 微かな期待を込めて辺りを見回しても、聞いていた通りのものしか落ちてはいない。

 

 「あれ……金属片がどうとかって言っていたの、あれかな」

 

 木くずの山に紛れた輝きを目にして、ペップルは歩み寄る。

 

 粉々になった何かの残骸が、通常の鉄ではなさそうだったと調査した村人からは聞いていた。ただそれが何かを調べる伝手もないということで、もし興味があるなら集めて持っていっても構わないとガナーから許可も得ていた。

 

 せっかくだから、と近づいてしゃがみ込んだペップルは、不思議そうに首を傾げる。

 

 「え? これって……」

 

 埋もれていたのは金属ではあっても金属片ではなかった。それはひびだらけではあっても確かに剣の形をしている。

 

 ロングソードとしてはシンプルな形状のそれは、ひびと汚れに覆われていてなお、目利きには多少の自信があるペップルの目を惹きつけるほどに品のある意匠をしているものだった。

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