三十四話 シュクフ村の珍しく騒がしい日・一

 ヴァルアスが村の少女ロコを救い出した事件は、シュクフ村にとっては衝撃的な出来事だった。

 

 何せ領主からも半分放置されているような田舎村だ。事件といえば大抵は森で魔獣に襲われたというものだが、それでもこんなところに大した強さの魔獣などそうそうはでない。

 

 であるからこそ、日常へと戻った村内において、少しの人だかりができていることですら、見回っていた村長ガナー・ジャンの目についた。

 

 「何か……」

 

 「起こったのか?」と尋ねようとしたガナーは、しかし近づいたことで疑問の答えを得る。

 

 「おぉ……、行商人の方でしたか!?」

 

 村人たちの影に隠れていたのは、一頭立ての小型馬車とポケットが多くて頑丈そうな厚い布地の服装をした行商人の姿だった。

 

 多いことではないが、シュクフ村へとこうした商人が立ち寄ることもある。

 

 そして多いことではないからこそ、村人たちだけではなくガナーも少し心が浮き立つのを感じていた。

 

 村としての定期取引をする商人は来るが、その際には総出で作物を中心とした産品を運ぶために、いってしまえば余力がない。

 

 しかしこうした突発的な行商であれば、各々がとっておきの自作工芸品による物々交換や、貯めておいた金銭で買い物を楽しむことに集中できる。

 

 「何かおもしろいことなんかありました?」

 

 村人たちとの細かい取引を次々とこなしながらも、行商人は世間話として情報を聞きたそうにする。

 

 特に行商を主とする商人にとって、情報はとても大切なものだ。とはいえここで聞いたのはお愛想だろう、何しろこんな田舎村で有用な情報などそうは転がっていない。

 

 しかしそうとわかっていても、聞かれた内の特に若い村娘が嬉しそうに反応する。

 

 はちみつ色の髪が旅を続ける行商人とは思えないほどさらさらと風になびき、きめ細やかな白い肌をした顔の造形は、実は森の妖精だと言われても信じてしまいそうな程に整っている。

 

 小柄な体型とそんな可憐な相貌は、分厚い服装をしていることもあって性別の判断に迷う程であったが、声からすると男であることは明白で、それ故特に娘連中が前に出て話そうとしていた。

 

 しかし今この時に限っては、村娘がうれしそうにしたのはこの行商人と話がしたいからというだけではない。その証拠に、老若男女問わず、振られた世間話にうずく様子をみせていた。

 

 つまり、話したくて仕方がなかったのだ。

 

 「聞いてください! 実はすっごいことが最近あって!」

 

 前のめりになる程の勢いで話し始める。

 

 「――って感じで、ロコちゃんのことも無事に救い出したって訳なんです!」

 「へぇぇっ! すごいですね、というかその老冒険者って……」

 

 老人とは思えないほどの立派な体格に威風を纏わせた冒険者の活躍話を聞いていた行商人の少年は、驚くよりも合点のいった表情をしている。

 

 「ヴァルアス・オレアンドルさん、ではないですか?」

 「えぇっ、商人さんも知っていたんですか!?」

 

 間違いのない名前を告げられて、話していた側の村娘が驚く。しかしもっと驚くのはこれからだった。

 

 「といいますか、皆さんの口ぶりではヴァルアスさんをご存じ……?」

 「え? えぇ? 何がですか?」

 「え!? あの方はですね――」

 

 本当に何も知らないといった雰囲気の村娘とその後ろの村人たちの様子を確認して、少年行商人ペップル・シナモンクルトは、英雄ヴァルアスの偉業や数々の逸話、そして自身が救われた話を語り始めるのだった。

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