二十七話 理術の塔・七

 ヴァルアスが塔の内部へと入ると、一階全体が円形の部屋となっていた。

 

 「……」

 

 入った瞬間に、開いた時同様に音も無く閉まる背後を気にすることもなく、無言のまま視線を巡らせる。

 

 その部屋には本当に何もなく、ヴァルアスが今立っている場所の反対側に扉、左手側には上への階段があるのみで、後は木肌の床と壁しか目には入らない。

 

 そして大柄なヴァルアスが十歩でも足りない直径をしたその部屋は、外から見たよりも広いように感じられた。

 

 何も無いがらんとした内装がそういった印象を与えるのだろう。

 

 少しの間立ち止まって罠や奇襲を警戒したヴァルアスだったが、何巡目かの視線往復の末、階段へ向かって歩を進める。

 

 が、その歩みはすぐに――三歩目には――止まっていた。

 

 階段へと体を向けていたヴァルアスの右側面、つまり先ほどまで“何も”なかったはずの部屋中央から、大きな影が接近したからだった。

 

 「ちぃっ」

 ガンッ!

 

 ヴァルアスが舌を打ち、飛び退き際に引き抜いたロングソードは甲高い衝突音を立てた。

 

 それは大柄なヴァルアスをさらに上回る体格の、全身鎧だった。

 

 「魔導具兵……っだと!?」

 

 鎧の内側に彫り込む形で理術の式を埋め込み、痛みも疲れも知らない戦士を作り出すという研究を、ヴァルアスは聞き及んだことがあった。

 

 しかしそれは何とか歩かせることが出来るという程度の段階であり、今ヴァルアスが剣で受けたような見事な殴打を繰り出せるようなものではなかったはずだ。

 

 その時、ぎちぎち、という密度の高い物質が軋むような音がヴァルアスの耳に微かにだが届く。

 

 「む……?」

 

 そしてよく目を凝らすと、目の前で再び攻撃するために構える全身鎧の関節部から、茶色いものが――土の塊が見えていた。

 

 「ゴーレムだったか!」

 

 合点のいったヴァルアスが思わず、といった様子で声を上げる。

 

 種が割れてみれば驚異の新技術などではなく、一定以上の理術使いなら時間さえかければ生成できるゴーレムに鎧を着せたというだけだった。

 

 完成すれば無限に近い戦闘が可能ともいわれている魔導具兵と違い、理術の一つであるゴーレムは有限だ。

 

 術者の能力によるところが大きいが、準備に数時間かかり、実戦では短ければ数分で崩壊するはず。だからこそ、ゴーレムというのは戦闘ではあまり使われない理術だった。

 

 「くっ、この!」

 

 再び襲い掛かってきた鎧ゴーレムの拳打を三度躱し、蹴りを二度ロングソードで逸らす。

 

 意外に速い。風切り音から十分な威力もうかがえる。

 

 「そうか、動きが速く持続力もある細身型ゴーレムの脆さを、それで補っておる訳だな。なかなかどうして……実戦的な理術使いじゃあないか」

 

 ヴァルアスは戦闘中にもかかわらず、先ほど一瞬だけ姿をみた相手を褒める。

 

 素材を少なくして重量を軽くすれば、動きが速く長持ちするゴーレムとなるが、防御力に欠ける。

 

 一方で素材を多くして重厚型ゴーレムとすれば、頑強となるが、鈍重な上に持続力に欠ける。

 

 その解決策の一つとしてゴーレムを武装させる、というのは妙案だとヴァルアスにも思えた。

 

 通常は苦労して覚えた理術を、それ以外の力で補うことを敬遠しがちな理術使いとしては、異質で……実戦的な、つまりはヴァルアス好みの思考だといえた。

 

 「おっと! ……しかし、まあ、遊んではいられんのが残念だ」

 

 そんなことを考えていたせいか、拳が頬を掠り、小さいとはいえ傷ができる。

 

 そしてその微かな痛みで状況が切迫していることを思い出したのか、ヴァルアスは改めて表情を引き締めた。

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