二十八話 理術の塔・八
ロングソードを握っていない左手で、ヴァルアスは右頬に伝う血を拭う。
どこに潜んでいたものかわからないが、突然の奇襲から始まったこの戦闘はまだ一、二分といったところ。
相手の理術使いの底も見えていない状況では、時間切れでの自壊を狙うのは楽天的だと思われた。
「くっ」
そしてヴァルアスが攻撃に転じる機先を制して、再び鎧ゴーレムは飛び掛かってくる。
飛び込みながらの殴打二発をヴァルアスは余裕を持って躱す。さらに追撃の鋭い前蹴りは最小限の身体の捻りですかしたことで、鎧ゴーレムがほんの少しだけ前傾に姿勢を崩した。
「ふぅんっ!」
ギャリッドッッ!
相手の攻撃の隙にねじ込むための速さを重視した片手持ちでの一閃が、胴鎧の下部を裂いて中身にめり込む。
「案外と硬いっ」
愚痴をこぼしながら、ヴァルアスは軽やかにステップを踏んで後ろへ下がる。
さすがに反撃はままならなかったようではあったが、鎧ゴーレムはいまだしっかりと立って構えている。
思ったよりも高品質な鎧に威力を削がれた攻撃では、表面を抉る程度がせいぜい。
生物であるなら、少しずつ傷をつけて出血や痛みで削り殺すこともできよう。しかし今ヴァルアスが対峙しているのは理術で制御された土くれだ。
炭鉱町ゴロでのケイブリザードの時のような瞬刃では威力が足りない。
ケネ・ザイブたち隊商と一緒に出くわしたウォートータスの時のような強撃では逆に威力が高すぎて塔を崩してしまいかねない。
「高威力を、一点に集中する……」
求めるものを言葉にしながら、ヴァルアスが今度は両手でしっかりと握った柄を頭の右横まで引き、左前の半身になって腰を低く落としていく。
それによって水平になった刀身の切っ先は、まっすぐに鎧ゴーレムの胴体中央――人間であれば鳩尾にあたる場所――へと向けられる。
ヴァルアスの耳に、自分の全身の筋肉がぎりりと絞られ、骨という骨がきしと呻く音が聞こえる。
老いた今のヴァルアスに出せる最大に近い力が、突きの体勢に溜め込まれていく。
トッ
こう着すると先に動くと“設定”されているのか、鎧ゴーレムは全身鎧姿としてはありえない軽やかさで再度踏み込みを開始。
ッ
しかし今度はヴァルアスも同時に動き始める。その踏み込みは全くといっていい程に無駄がなく、蹴り足が床を叩く音すら微振動にしかならない。
もし第三者が見ていれば、鎧ゴーレムが動き出した瞬間に、ヴァルアスの姿が霞んで消えたように見えたかもしれない。
それほどの圧倒的な速さでヴァルアスは接敵し、結果、鎧ゴーレムが半歩も進まない位置で接触した。
接するのはヴァルアスの持つロングソードの切っ先と、ゴーレムが着る全身鎧の胴部中央。
拳を握って動き出そうとしたばかりの体勢に添えるように当てられた先端から刀身、そして柄を握る手からは差し出すように伸ばされた腕へと続き、捻りを解放して突き込んだ姿勢のヴァルアスへと至る。
後の先――動き出した相手の力をも含めた全てを無駄なく注ぎ込んだ全力の一刺し。
バキィッ
そこでようやく世界が音というものを思い出したかのように鈍い音を響かせて、ロングソードの切っ先が接触していた部分の装甲が小さく割れ崩れる。
ズゥッ……バキァ
続いて土塊の抉れる音。そしてもう一度鈍い音がして、小さな割れはきれいに貫通した。
「よし」
そのまま膝をついて動かなくなった鎧ゴーレムの姿を確認して、構えを解いたヴァルアスは満足そうに頷く。
ゴーレムは理術によって起こされた現象であり、特定の“何か”を破壊すれば崩壊するようなものではない。
よって込められた魔力が切れるのを待つか、動く部分がなくなるまで徹底的に破壊しつくすか、だ。
――――普通であれば。
ヴァルアスには結局知る由もなかったが、この鎧ゴーレムはまだまだ稼働時間に余裕があった。
そしてまだ原型を十分に留めているし、全身鎧を破壊しつくすなど簡単なことではない。
しかしもう動かない。
英雄ヴァルアスの全力が凝縮された先の一刺しは、刀身そのものではなく突きという概念を魔力で固めて突き通す、一種の理術。
あるいは、詠唱も儀式も必要としないそれは、竜族が得意とし、人族は使えないはずの魔術に限りなく近いものであった。
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