二十六話 理術の塔・六
長身で分厚い体躯のヴァルアスが森の中を疾走する。
草や葉、細枝などは絶えずその全身にかすり続けるものの、太い根や枝は自然な動作で避けてその速度は常に緩まない。
見事な走法で素早く移動するヴァルアスは、しかし多少の焦りを感じていた。
「何事もなければいいが……」
走りながら周囲にも視線を向けるヴァルアスの口からは、思わず懸念が漏れる。
ロコの親であるケビンが取り乱していた程ではないにしても、その不安についてはヴァルアスにもわかっていた。
ガナーから説明を受けていた時点で感じていた、例の理術使いへのなんともいえない不気味さだ。
それは偏見や言い掛かりと言い換えることができるような戯言ともいえるが、そんな戯言を無視しないことが冒険者として早死にしないコツだとヴァルアスは知っている。
姿の見当たらないロコ――赤毛を肩まで伸ばした十歳の女の子らしい――が、そこらの木にもたれて眠りこけていたり、いたずらを企んで時間も忘れて遊んでいたり、そういう“落ち”を期待してヴァルアスは走り続けた。
だがそうはならず、とうとう木々の向こうにしっかりとした木造の塔が見えてくる。
部分的にはどこか生物的な印象があり、まるでそういう形に生えた木だとでもいう意匠のその塔は、普通の建築ではないようだった。
「大した技量だ……」
思わず感心したヴァルアスは、それが理術を駆使して建てられたものだろうと見当をつけていた。
そうであれば恐らくはかなり高い技量で土属性の理術を扱うと思われる。
そんなことを考えている内に、ヴァルアスは塔の根本、入り口の周囲が見える位置まで辿り着いた。
そして同時に、開いた扉から中に入ろうとする男と、その手に腕を掴まれている赤毛の少女の姿も視界に入る。
「っ!?」
悪い予感があたり、しかしまだ手遅れではないことを確認したヴァルアスが、何か声を上げるよりも前に、二人は塔の中へと入り扉が閉まった。
肩下まである黒髪を振り乱していた今の男が、理術使いだろう。
学究を主とする理術使いが好んで身に着ける無地のローブを着ていたことと、扉が閉まり切る寸前にヴァルアスをぎょろりと見据えた目が印象に残る。
「開かないか、くそっ!」
すぐに扉まで駆け寄ったヴァルアスだったが、鍵穴も取っ手も見当たらないその扉は完全に閉じられていて動かない。
こんな人気のない森中に住むのであれば、野生動物や魔獣が入り込むことの無いようそれなりの対策はしていて当然だろう。
とはいえ扉も壁も木製には違いなく、特殊な鉱物などで補強されている訳でもない。
「叩き壊すのは……危ないか?」
ヴァルアスであれば強引に破壊することはできそうであった。
この塔が仮に理術によって特殊な補強がされているとしても、ヴァルアスの二つ名の由来ともなった絶大な威力の“天閃”であれば破壊が可能だという感触は得ていた。
全盛期ならそれこそ一撃。今であっても三撃も見舞えばおそらくは根こそぎ崩せる。
しかし中にロコらしき少女が連れ去られている今、そんなことはできるはずもなかった。
さらにいえば、うまく扉の部分だけを壊したとしても、有機的な構造のこの塔が連鎖崩壊しかねないような、そんな恐れもあってヴァルアスは手を出しあぐねていた。
「どうする……?」
一瞬だけ見えたロコの姿は、明らかに嫌がってはいたものの、怪我などはなかった。つまり今はまだ無事だ。
だから焦るあまりに、自分の行動で危険を増やすわけにはいかない。
そうしてヴァルアスが入り込めそうな場所を探して塔の周りをぐるりと歩いていると、それは存外に簡単に見つかった。
先ほどの入り口のちょうど裏側にあたる位置。
寸前まで木の根のようなおうとつがあるただの壁であったはずのそこに、ぽっかりと人が一人入れるくらいの穴が開く。
「入ってこいと、挑みに来てみろ、ということか? ふん……その傲慢、付け入らせてもらおうか」
焦りの表情から一変して不敵な顔つきとなったヴァルアスは、ためらいもなくそこから塔の内部へと足を踏み入れていった。
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