二十五話 理術の塔・五

 ヴァルアスが席を立とうとしたところで、少し動きに余裕の出てきたガナーがにこやかに話しかけてくる。

 

 「客人用の小屋がありますので、今日のところはそこでどうぞ」

 

 シュクフ村に到着してから色々とあった今は、日が傾き始める頃。夕方というにはまだ早いという時間帯となっていた。

 

 そういう訳で、今日のところはこのまま一泊して、日を改めてから取り掛かってはどうか、という気遣いだった。

 

 「いや……」

 

 しかしヴァルアスは左右に首をゆっくりと振る。

 

 「話を聞いてワシも少し気になってきた。早く動くに越したことはないだろう」

 

 そういって、ヴァルアスは今度こそ完全に席を離れて、村長宅から外へ出る。

 

 それでは場所を説明しようとガナーも後を追って出てくると、解散したはずの村人たちの一人が戻ってきていた。

 

 ちょうどここまで戻って来たばかりらしいその中年女は、しかも後ろにさらに別の村人を連れていた。

 

 そちらはヴァルアスが初めて見る顔で、三十くらいに見える比較的若い男だった。

 

 日頃から農業に従事しているのであろう日に焼けた肌色の顔を、ひと目でそれとわかる程に曇らせている。

 

 ヴァルアスが半歩横にずれてガナーへと話すように促す。

 

 「村長、ちょっといいかい?」

 

 すると中年女が確認をとり、それに対するガナーの返事を待つ前に若い男は前に出てガナーへとすがりついた。

 

 「ロコが、村長、ロコが!?」

 

 相当に焦っているのか、その口から出てきた言葉は情報としてはあまりに不十分だった。

 

 「ケビンのとこのロコちゃんが見当たらないみたいなんだよ。いつもなら帰ってる時間のはずらしいんだけどね」

 

 中年女の補足で、ようやくガナーの顔に理解の色が浮かぶ。

 

 ケビンという名前らしいこの男の、おそらくは子供であるロコが、迷子になっている。そこまでを理解したヴァルアスは当然浮かんだ次の疑問を横から口にする。

 

 「そうはいっても、まだ明るい時間だ。子供ならそういうことだってあるだろう」

 

 ヴァルアスの思い浮かべる子供といえば、わんぱくさのあまり家の手伝いもせずに常に大冒険をしていた自分自身。もしくは、持ち前の聡明さと育った環境から十歳時には既にそこらの大人より自立心が高かったテトだ。

 

 その例でいえば、親が安心するような時間に大人しく帰ってくる方がむしろ異常だった。

 

 あるいは親友ガネアの息子であるザンクは、とてもとても“良い子”だった。

 

 そのザンクでさえ、幼い頃には無茶をしでかして厳格な父親にこっぴどく叱られるようなことは何度かあったと記憶している。

 

 そんなヴァルアスからすると、このケビンの焦りようはおかしい。つまりそうなる理由があるはずだった。

 

 「今朝ちょうどロコが例の理術使いのことを話したもんで、もう絶対に会いに行っちゃいけないと叱ったばかりだったんだ。その時は頷いていたけど、不満そうだったし、もしかしてって……!?」

 

 ヴァルアスの低い声が落ち着かせたのか、あるいは横からなだめ続ける中年女のおかげで多少は冷静になったのか、とにかくケビンは懸念していることを話した。

 

 「先ほどの話でも出た交流のあった村の者、というのがそうです」

 

 どうやら理術使いが森に住みついたばかりの頃に、何かを渡したり、理術を見せてもらったというのがそのロコのことであったようだ。

 

 他にもいたのかもしれないが、ケビンの話の内容からしても、ロコは中でも比較的懐いていたということのようだった。

 

 「それで……」

 

 ガナーが目線をヴァルアスに向けたままで、言いよどむ。彼にしても突然状況が動き出したかもしれないことに、戸惑っているようだ。

 

 「今からすることは変わらん。すぐにワシが様子を見に行ってくる。そのロコの容姿と、塔の場所を大まかにでいいから教えてくれ」

 

 ケビンの不安を煽らぬようにと殊更に淡々と告げられたヴァルアスの言葉を受けて、ガナーはやや早口で説明をし始めるのだった。

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