二十二話 理術の塔・二

 ヴァルアスが連れてこられたのは、それほど遠くもない場所だった。

 

 国境関所から伸びる街道からは離れているために、寂れた田舎村。

 

 しかし農業や牧畜の条件は良いようで、決して貧しいという雰囲気ではなかった。

 

 「暗い雰囲気ではあるが……」

 「へぇ、話はあちらで」

 

 村内の他より一回り大きな建物へと、男は足を向け、ヴァルアスも素直について行く。

 

 ヴァルアスが口にしかけたように、危機的状況という程ではない様子だった。

 

 とはいえ確かに村人の表情は暗く、そもそも出歩いている人数が少ない。外にいるのは最低限働いている者だけで、明らかに出歩かないようにしているのが見てわかる。

 

 村の建物がすでに半分くらい破壊されていたり、死屍累々となっているような状況であれば、ヴァルアスとしては行動の選択は簡単だった。

 

 脅威と戦えばいい。

 

 しかし目下の被害はなく、村人たちがこれほど不安そうにする状況となると、難しい選択が迫られると推測されて、ヴァルアスは胃のあたりに重みを感じるのだった。

 

 すぐに辿り着いた建物に入ると、中には十人ほどの中年男女が暗い顔で話し合っていた。

 

 「おお、ちょうど集まっていたか」

 「村長? その方はもしかして……?」

 

 ヴァルアスを案内してきた男は、この村の村長であったらしい。

 

 「ワシはヴァルアス。冒険者をしておる。すまんがそちらの紹介も頼めるか」

 

 来るまでにこの村がシュクフ村というらしいことは聞いていた。

 

 しかし何に困っているかを聞いても要領を得ない相手とのやり取りに苦労し、ヴァルアスは依頼主の名前もまだ知らなかったことに内心苦笑する。

 

 自分が名を告げてもちやほやされず、一から十まで手ずから冒険者業をするのは、随分と久しぶりのことだった。

 

 「これは失礼しました。私はガナー・ジャンと申しまして、このシュクフ村の長を務めております」

 

 丁寧な挨拶をした村長ガナーが頭を上げると、ヴァルアスをじろじろとみる村人たちを代表するように一人の女が口を挟む。

 

 「横から悪いけどねぇ、村長。その……冒険者を見つけてきてくれたのはありがたいよ、それもこんなに早く。けど、その、そんなに……ねぇ? わかるだろう?」

 「いやいや、おい、そんなことを言うな!」

 

 やや大仰な手振りを交えての女からの言葉に、ガナーはヴァルアスとの間で視線を行ったり来たりさせて慌てる。

 

 「こんなにジジイでは不安だったか?」

 

 不敵に薄く笑んだヴァルアスが聞くと、村人たちは「はい」とも「いいえ」とも答えずに口をもごもごとさせる。

 

 どうやら本当に英雄ヴァルアス・オレアンドルの雷名が知られていないらしいその反応に、ヴァルアスは不快がるどころか心が湧き立つのを感じていた。

 

 「(若い頃を思い出すな)」

 

 成人してすぐに巨人族との戦争で名を馳せたヴァルアスは、若い頃から英雄だった。

 

 しかしその名が広く伝わったのはスルタ冒険者ギルドの長として実績を積み重ねた壮年時代以降のこと。

 

 そのために当時はここのような田舎村だったスルタに居つくまでは、各地でこうして実力を疑われながら仕事をしたものだった。

 

 違っていることといえば、昔は“若造”故に懐疑的にみられたということだろうか。

 

 「まずは先に、ワシの腕前をみせてやろうか」

 

 さらに口角を上げたヴァルアスが、さっき入ってきたばかりの扉の方を一本だけ立てた親指で、くいと指す。

 

 「外に出ろ、実際に見せて黙らせてやる」という意図の、それこそ血気にはやる若い冒険者のような仕草に、今度は連れてきた本人のガナーまで戸惑うのだった。

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