二十一話 理術の塔・一
道中で出会った少年商人の先行きにめどがついてほっとしたからか、ヴァルアスの旅の歩調は軽快だった。
何か出来事といえば、ガーマミリア帝国へと入る国境の関所で騒ぎになったくらいだ。
その騒ぎにしても、名の知れた人物が現れたことに盛り上がった、という程度のこと。
「(ミリオンブルム王は、ワシの旅を静観してくれたか)」
関所の特にガーマミリア側で盛り上がりというのは大きく、シャリア王国側では比較的落ち着いていたことを思い出してヴァルアスは考える。
大きな都市で冒険者ギルドという組織の長を務めていた人物であり、まして国王の古い知り合いでもあるヴァルアスの動きは、当然把握されていると予想していた。
そして自身がギルドという人を扱う組織にいた経験から、影響力ある人物の動向に上は気を配るということも承知していた。
そこから考えると、引き留めも何もなくすんなりいったのは、自由にさせるという判断だったのだろう。
「あるいはもう……」
皮肉な笑みに口許を歪めながら、歳をとった自分の影響力についてヴァルアスは思いを馳せる。
この旅に出発した直後と比べると、瞬間的な自虐心は随分ましになっていた。
しかし老齢からくる憂鬱な思考というのは、さしもの英雄とはいえ完全には避けられないようだった。
そんなことを考えながら歩いていたからだろうか、明らかに不安を抱えて頼りなく歩く男としっかりと目が合っていた。
この場所は国境を越えてしばらく進んだ位置であるが、まだそれほど離れてもいない。
ヴァルアスの正面から歩いてきたことからすると、彼は国境関所の方へと向かっているようだ。
そしてそれだけではなく何かを探しているようにも見える。
不安そうに揺れていた視線がヴァルアスに固定されるや、はっきりと近寄ってきたことから、ヴァルアスは彼の不安と探し物を察した。
「冒険者の入り用か?」
「っ!? そ、そうです。よくお分かりに」
「ガーマミリアには少ないからな。国境を越えてくる流れを探しておったってところか」
「その通りです」
ガーマミリア帝国には冒険者ギルドが無く、流れとして個人で仕事を請ける冒険者しかいない。
各地を治める領主の権限と、それぞれの抱える兵力が強いことがその理由だが、それは問題点もはっきりとしていた。
「うちの領主様は……あまり関心がないようでして……」
領主の考え次第で、どの程度の問題から助けが得られるかが変わってしまうことだった。
シャリア王国であれば、依頼料さえ用意すればあとは冒険者ギルドがなんとかしてくれる。
当人以外からすると、とるに足らないようなことであっても。
一方でガーマミリア帝国では、依頼料を用意できないような立場や状況であっても、衛兵や騎士団が助けてくれる。
領主や皇帝が必要であると判断さえすれば。
一長一短に違いないことではあったが、冒険者であるヴァルアスとしては、ガーマミリアはもう少し庶民が助けを求めやすい状況をつくるべきだと考えていた。
色々な思考や状況というものもあって、ヴァルアスはその男に大きく頷いて見せていた。
「話は歩きながら聞こう、案内してくれ」
報酬も聞かずに請け合ったヴァルアスに驚きながら、男は来た方へと体を向けた。
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