二十話 王国と帝国

 交易都市スルタが属するシャリア王国の王城内。国王ライジール・シャリア・ミリオンブルムが所有するいくつかの私的な応接室の中でも最も格式の高い部屋。重い空気が漂うその部屋内には、四人の男がいた。

 

 テーブル越しにそれぞれが重厚な造りの椅子に腰かけるのはどちらも人族の国の元首。

 

 シャリア王国の国王と、その北に位置するガーマミリア帝国の皇帝だった。

 

 それぞれ後ろに控えさせている護衛役が一定の緊張感を持っているのは当然として、元首二人が眉間に皺を寄せているのは理由があった。

 

 そもそも、大勢引き連れた豪勢で儀式的な対面がとうに済み、文官を大勢並べた場での実務的な折衝もつい先ほど終えた今、この場は非公式かつ気楽な談笑の場であるはずであった。

 

 しかし国同士の話し合いで議題にはできないが、どこかで話しておかなくてはいけない事というものもある。

 

 「ヴァルアス殿が……そちらへ向かっている」

 

 例えば、影響力の大きな個人についての動向がそうだった。

 

 「――!? ……そ、そうだな」

 

 一瞬片目だけ大きく見開いたガーマミリアの皇帝デイオン・ガーマミリアは、すぐに取り繕った渋面に戻って頷いて見せた。

 

 「ふむ、当然貴殿も把握はしておるであろうが……」

 

 国ではなく人族という枠組みでの英雄は、一国の元首では行動を縛ることはできない。

 

 故にライジールとしては下手なちょっかいをかけるようなことをするはずもなく、ただ行き先の国の皇帝へと伝えたのだった。

 

 そして関係性のいい二国間であるとはいえ、水面下での探り合いはして当然。シャリア王国内での出来事を帝国のデイオンが知っている事には驚かずに、そのまま懸念点の議論に移ろうとしていた。

 

 しかしそこで、ライジールは一つの事実を思い出す。それによって先ほど重厚な武人としても知られるデイオンが珍しく動揺したように見えた理由にも思い当たっていた。

 

 「そうか、ヴァルアス殿に貴殿は師事していたのであったな」

 「ず、随分と昔の話ではあるがなっ」

 

 語尾の音程を跳ねさせながらデイオンは肯定する。

 

 頬を伝う一筋の汗は、当時を思い出しての冷や汗だろうか。その事実がどういう意味を持つかが、それを見るだけでライジールには察せられた。

 

 そのため、それ以上に突っ込むこともせず、さきほど出し損ねていた話題を改めて持ち出す。

 

 「来月の代表会談が問題になりそうなのだ。アカツキの古ダヌキが仕掛けてきよるかもしれぬし……ティリアーズ殿も、な」

 「む、むぅぅぅぅ」

 

 代表会談は人族の主要国家三国の代表者と、竜族からの使者が近況を伝えあい、問題があれば共有する場だった。

 

 商業を国の柱として常に金銭的利益を追求するアカツキ諸国連合代表者が、状況の変化において警戒されるのはいつものことだ。

 

 よってそれよりも竜族の使者こそが懸念だった。

 

 「そうか、そうなるな。ティリアーズ殿の反応、というよりはその後の行動が……むぅぅ」

 

 普段は冷静で厳格な人物として臣下からの信頼も厚いデイオンは、先ほどから動揺したり唸ったりと、らしくもなく困り通しだった。

 

 基本的に竜族は人族を下にみているし、事実として戦う力が大きく劣る人族としては頭が上がらない。

 

 その関係性を前提とすると、現在の使者であるティリアーズはとても話のしやすい方だった。だがそれであってもなお、上位存在と直接に向かい合ってのやり取りは神経を使い、疲労するものだった。

 

 加えてデイオンとライジール、二国の元首を揃って不安にさせる事実として、ティリアーズはヴァルアスに執心しており、その一点において何をするかが全く読めないのであった。

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