二十三話 理術の塔・三

 ヴァルアスはガナーと村人たちを引き連れて、集落部に隣接した伐採場へと足を向ける。

 

 先ほどガナーの村長宅へと案内される途中で、見えていたものだった。

 

 「よし、ちょうどいいな」

 

 辿り着いたヴァルアスが首を巡らせると、枝を落としてロープを張った一本の木の幹に、数人の木こりがナイフで印を刻んでいるところだった。

 

 「村長?」

 「これから、その木を切り倒すんだな?」

 

 見慣れない老人に率いられた村長へ疑問を呈した木こりを遮り、ヴァルアスは確認する。

 

 「え、あ? おう……」

 

 戸惑いながらも思わず素直に答えた木こりが目を向けると、ガナーも首をゆっくりと左右している。

 

 ガナーの「わからない、が、一旦好きにさせろ」という意図を仕草と表情から読み取った木こりたちは、どこか恐る恐るとした動作で下がって場所を空ける。

 

 「ふむ……よし」

 

 準備は整っているが、まだひと刻みもされていない木をしげしげと見ていたヴァルアスはすぐに一つ頷いた。

 

 そのまま首を巡らせて、村人も木こりも距離をとっていることを確認する。

 

 しゃらん、と小さな擦過音をさせてヴァルアスが腰のロングソードを抜き放ったところで、薄々と予想していたことが確信に変わったガナーは驚きを表情に滲ませて口を開く。

 

 「その剣で切り倒すおつもりで?」

 「そうだ」

 「っ!?」

 

 老いたヴァルアスの力を疑うガナーと村人たちは「無理をするな」と慌て、木こりたちは単純に「雑に切り倒すと木材として駄目になる」と慌て始める。

 

 「大丈夫だ」

 

 そしてヴァルアスはどちらにも向けて自信満々に告げると、左脚を後ろへ引き、膝を曲げて腰をぐっと落として構える。

 

 刀身を水平にして体の左側に持ってこられたロングソードが、日の光を反射して数打ち品とは思えない清冽な輝きを放つ。

 

 「ふんっ!」

 コォッン……

 

 ヴァルアスが腰の回転を利用して右腕を振り抜くと、その延長線上のロングソードが甲高い音を立てて木の幹を“通過”した。

 

 「……?」

 

 剣が振り抜かれ、その刀身は確かに通過した。木に固いものが衝突する乾いた音も確かに聞こえた。

 

 だが何も起こらない。

 

 「何を……した? あんた」

 

 状況の不可思議さに耐えかねて、木こりの一人がヴァルアスへと尋ねる。

 

 「木を、斬った」

 

 ロングソードを鞘に納め、楽な立ち姿に戻りながら、ヴァルアスは飄々と答えを口にする。

 

 そうしようとしていたことは、ここにいる全員がわかっていた。だから止めようとした。

 

 しかしそれで何が起こったかが、いまだに誰にもわからない。だから首を傾げている。

 

 「きれいに斬って欲しそうだったからな。ほれ」

 

 そう言ってヴァルアスは片手の平でぽんと木の幹を叩く。

 

 音もしない程度のそのひと押しで、ヴァルアスが披露した妙技がようやく明らかとなる。

 

 ズズ……ンッ

 

 即ち、切れ目も見えないほどきれいに切断されていた木が倒れ、それを為した本人を除くこの場の全員が瞠目した。

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