十三話 駆け出し行商人の受難・一
炭鉱町ゴロを出発したヴァルアスは、順調にシャリア王国内を北上していた。
スルタから北上していくこの街道はそれなりに大きく整備もされている。
王都からは外れた路ではあるものの、交易都市からガーマミリア帝国へと続く主要街道であるからだった。
そしてそうであるからには利用する者も多く、その主たるものは旅をしながら商いをする人々、つまり行商人、あるいはどこかに店を構えた商人に雇われた荷運び隊だった。
あるいはその両方を兼ねた集団として街道沿いを移動する者も多く、その場合は行商人、荷運び隊、護衛の冒険者、とそれなりの規模の集団となる。
つまりは今ヴァルアスが追い付く形で出くわした集団がそれだった。
「……」
ヴァルアスに目を向けた後、無言で会釈してきた冒険者らしき若い男女にヴァルアスも会釈を返し、そのまま集団の最後尾のその二人を追い抜いていく。
交易都市スルタの冒険者ギルドで長年ギルド長を務めた人物であるからといって、その顔を知るのは、直接そこに出入りする冒険者とあるいは有力者くらいのものだった。
隊商の最後尾を守っていた彼らも、今横を通り過ぎる老人をただの旅人だと認識しているのであろう。
ガタァンッ
「わぁぁ!」
ちょうどそのタイミングで今通り過ぎた馬車が大きな音を立てて動きを止め、ついでとばかりに情けない悲鳴も聞こえてきた。
「脱輪か……」
足を止めて振り向いたヴァルアスが口にした通り、馬車の後輪が片方外れたようだった。
出発前の整備不足もあるかもしれないが、そのくらいはよくあること。しかしヴァルアスには悲鳴を上げた馬車内の人物以外の周囲の反応がふと気になった。
「すいません、すいません」
降りてきて車輪が外れた車軸を見るなりなぜか謝りだした商人らしき少年を、あきれや一部には苛立ち交じりに見ている者もいた。
「脱輪など乗っている者にはどうしようもないだろう。何かを踏んだようでもなかったし御者のせいですらない」
「いや、まぁそうなんだけど……」
「ねぇ……」
思わず数歩戻って先ほど会釈を交わした二人にヴァルアスが言うと、肯定とも否定とも言い切れない歯切れの悪い反応。
「あいつは運が悪くて。こんなことばっかりなんだ」
続けて女の方が補足した内容は、とても筋が通っている様には聞こえなかった。
だが周囲にいるほかの冒険者も、商人仲間らしき者たちも、皆一様に少年商人を大なり小なり責める目線をしているし、何より本人もぺこぺこと謝り続けていた。
「ふむぅ……」
ヴァルアスにとっては気がかりで、場合によってはさらに口を挟んでやりたい気持ちがあった。
とはいえ他人事……といえば冷たいかもしれないが、冒険者にも商人にも集団ごとに決まり事はあるものであり、そこに第三者が取っ掛かりも無く首を突っ込めば大抵は碌なことにならない。
気にはしつつもヴァルアスは再び自分の旅へと戻り歩を進める。
「おや、ヴァルアスの旦那ではないですか?」
しかし数歩で首を突っ込む取っ掛かりの方から挨拶をしてきた。
「おう! そのむさ苦しい山賊顔はケネじゃないか」
ヴァルアスの旧知の行商人。肩幅も腹囲も大きい立派な恰幅で、荒々しい黒いひげが顔の下半分を覆うまさしく山賊顔。昔からスルタへもよく来た行商人のケネ・ザイブだった。
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