十二話 英雄の残り火・五

 突如発生したケイブリザードの騒動が一段落して、町の宿酒場にはヴァルアスがモディル、そして長老会の無精ひげが目立つ男ことネツルから改めて礼をいいたいと呼ばれていた。

 

 「あんな入り口近くにケイブリザードの巣があるなんてな」

 

 今でも信じられないという口調で、モディルがいうと、それに同意を示しつつもバツが悪そうなネツルが言葉を継ぐ。

 

 「旧坑道の存在を知っていたのは長老会だけじゃったからのう。きちんと情報をやり取りしておくべきじゃった」

 「まあそれはお互い様だ。俺たちも話を聞こうとしなさ過ぎた」

 

 閉じた旧坑道が炭鉱の奥ではケイブリザードが出入りできる程度の小さな穴でつながっており、結果として巣作りする一番“奥”が入り口付近になっていたというのが真相だった。

 

 それによって鉱夫たちが入り口から出入りするだけで、ケイブリザードにとっては壁一枚隔てた巣の近くをうろつかれたと興奮状態になってしまったのは、正に鉱夫たちにとっての悲劇だった。

 

 「本当にこの度は感謝してもしきれんほどのことを町にしてくださった」

 「俺たち若手からも、改めて礼を言わせて欲しい」

 

 深々と頭を下げる二人の頭頂部を見ながら、ヴァルアスは何ともいえない感情を抱いていた。

 

 交易都市として発展したスルタの冒険者ギルド長として、ヴァルアスは長年貢献してきた。

 

 大きな都市の冒険者ギルドはその活躍の範囲も大きく、その分助ける人々も多い。

 

 しかしスルタが発展するにつれて、こうして助けた相手から直接礼を伝えられることは、減っていたのだった。

 

 ヴァルアスが一介の冒険者であった頃、そしてまだスルタが小さな村であった頃までは、この誇らしい気持ちを自尊心として戦っていたはず、そう思い返していた。

 

 「本当に老害だったのかもしれんな……」

 「「は?」」

 

 急に小さく呟いたヴァルアスに、二人は揃って不思議そうな表情の顔を上げる。

 

 「いや、なんでもない。それより今回の事を教訓に、魔獣を甘くはみんようにな」

 「は、はぁ……」

 

 誤魔化して話を逸らしたヴァルアスだったが、その胸中はむしろ晴れやかだった。

 

 冒険者ギルドを追い出された時には腹がたった。いやはらわたが煮えくり返ったといってもよかった。

 

 そして同時に消沈もした。

 

 そうした複雑な感情が混ざり合った結果として、その場にはいてもいられず旅にでたのが実情だった。

 

 「(現場の気持ちを理解しておらん老人が踏ん反り返っておるのは、まあ納得はいかんか……)」

 

 それでもヴァルアスは、ヌルを筆頭とした若手冒険者たちが強引で筋の通らないことをしたと今も考える。

 

 だから少し前までは、あんなギルドは精々苦労をすればいいとすら心の片隅では思っていた。

 

 だが今となっては、なんとか冷静な部分でテトを残して後を託してきたことに、心底から安堵していた。

 

 怒りに燃えつつもどこか引っかかっていた部分。――己に非はなかったのか――ということに一定の納得がいったことで、ヴァルアスはようやく自分の身に起きたことを素直に受け入れたのだった。

 

 「もうこの町を出て旅を続けなさるのかな? ……ええと」

 

 話を切り替えて送り出そうとしたところで、ネツルは言いよどむ。

 

 「初めに名乗ったはずだが……もう忘れたのか? ワシはヴァルアスだ」

 「そうそう、そうでしたな。ヴァルアス殿……ヴァル……アス……?」

 

 ネツルの動きが唐突に止まる。

 

 ガタン!

 

 それと入れ替わるようにモディルが椅子を吹き飛ばすような勢いで立ち上がった。

 

 「ヴァルアス……オレアンドル!?」

 「そうだ」

 

 冷静に肯定するヴァルアスに対して、再び動き出したネツルと、立ち上がったままのモディルは驚愕のまま困惑している。

 

 「あ、あああああの、竜の英雄にして巨人の天敵! 穿つ天閃、破滅を告げる者、人型の暴虐とまで謳われた伝説級の冒険者!」

 「その辺の二つ名は物書きや吟遊詩人連中が面白可笑しく誇張したのが混じっているがな」

 「このゴロに……いくつもの物語に登場するような英雄が……、はは。どおりででたらめに強いわけだ」

 

 若いモディルは目の当たりにしたヴァルアスの戦闘能力に合点がいったという感情が強いようだった。比べてネツルの方が一層と目を輝かせる。

 

 「おぉ、本当に光栄な……」

 「言っておくが今回のことを殊更に言いふらすなよ。騒がれると面倒だからな」

 「もっ、もちろんでございますとも! 必要以上に触れ回るようなことは決して!」

 

 さらに態度が一段階変わったネツルを見て、さすがにヴァルアスも苦笑を浮かべてしまうのだった。

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