十四話 駆け出し行商人の受難・二
「まったく……」
「またかよ」
「……すいません、ほんと何度も」
ヴァルアスはそんな声が小さく後ろから聞こえてくる中で、ケネと近況を伝えあっていた。
「そうか、王都も国内も大きな変化はないか……。平和が続いて良いことだな」
「いえいえっ!? スルタ冒険者ギルドが旦那を追い出したなんて大事件でねぇですかい!」
世は全てこともなし、と実に老人らしい長閑な感想を口にしたヴァルアスに、ケネは勢いよく食って掛かる。
少し前であれば、憤ってくれるケネにヴァルアスも「そう思うだろう?」と同意していたかもしれない。
しかし今は少し違った心境になっていた。
「まあワシも実際歳だからな。若い連中のやり方は気に喰わんかったが、世代交代が必要な頃合いではあったんだろうよ」
自身を追い出したヌル・ダックたちスルタの若手冒険者をかばうヴァルアス。だがケネの方がそこに納得はいかない様子をみせる。
「そのやり方が問題でしょうや。利用するだけ利用してから先駆者を叩き出すような組織、誰が後に続こうとしますかい?」
真正面から正論を説かれたヴァルアスは、自身を擁護しているはずの論にすこし鼻白む。
そんな後の不利益を残すような形での引退をすごすごと受け入れてきた。そういう負い目もあったからだ。
だからといってヴァルアスは、既に振られたサイの目を見苦しく弄ろうとするような性分でもなかった。
「まあそれは後の連中が頑張ることだな。っと、それはそうと……お前はお前で若手の扱いはあれなのか?」
話を切り替えたヴァルアスが視線は向けずに親指で背後を示す。
そこでは何人かの冒険者とともに修理作業を終えつつある少年商人が、バツが悪そうにしっかりと車輪が取り付けられていることを確認している。
馬車、それも隊商の荷運び馬車は頑丈で大きい。それを外れた車輪を戻すだけとはいえ、修理するにはそれなりに人手も必要に決まっている。
にもかかわらず、なぜかその少年が一人で作業を始め、結局周囲に必死に頭を下げてようやく手伝い始めるというのは、後頭部側で聞こえてくるだけの状況であっても気持ちのいいものではなかった。
「あ~あいつは、ペップルは身一つの行商人で、あの馬車には乗せてもらってる立場ですから」
「商人同士の話なんだ、それは金を払うなり何かの仕事を請け負うなりして取り決めてるんだろ? それとも、馬車の修理担当ってことなのか?」
「いや……そうでは、なかったと思いますがねぇ」
ケネの言い分は何とも歯切れが悪い。
思わずヴァルアスの目は細められ、露骨な疑いの眼差しとなる。
「あぁぁ! そんな目でみんでくだせぇ! あいつはぁ、何というかものす……っごく運の悪い奴でして。最初はみんな不憫がっていやしたが、あまりにあんまりなものだったんで」
「運……か」
全く論理的ではない邪険にする理由だった。それを自覚する故にケネは言い辛そうにしたようだ。
しかしヴァルアスの知る限りこの旧知の行商人は、見た目通りに荒っぽいところはあっても、性根は良い男であったはずだ。
それを考えると、“運が悪い”という言葉を鼻で笑い飛ばすようなことはできなかった。
「とにかく……ほどほどにしておけ」
「へぇ」
目に余るようならまた首を突っ込むぞ、ということを匂わせながら、それ以上にこの場でどうすることもできないヴァルアスはそこで話題を切り上げたのだった。
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