3/23『人工知能×音符×愛』

お題『人工知能×音符×愛』


 陽だまりの中に居た。

 夢うつつのまま、場所も時間も忘れて、陽光の中で虚ろに溶けていた。

 自我の境界が定かでない、不確かで、あやふやで、心地よい時間。

 不意に、軽やかな旋律が流れてきた。

 いくつかのハミングの後、どこか無機質なリズムにしっとりとした美しい歌声が聞こえてくる。

 陽だまりに溶けゆく世界で音符が踊り出す。

 旋律が俺の意識を包み込んでくる。

 聞こえてくるのは愛の歌。

 誰かが誰かを呼ぶ愛の歌。

 この歌は誰を呼んでいるのだろう。

 誰に見つけて欲しいのだろうか。

 目のつぶれるような輝かしい世界で。

 相手の姿も見えない場所で。

 ここに居るよと彼女は叫ぶ。

 ここに居るから、見つけて欲しいと。

 この声は誰だろうか。

 この歌声は――。

「あ」

 一陣の風が身体を撫でた。

 歌が途切れる。

 意識が覚醒する。

 まどろみの中からゆっくりとまぶたを開ける。

 そこに居たのは――。

「起こしてしまいましたか」

 すべての光を吸い込むような漆黒の瞳。

 闇をたたえた黒瞳に、日の光で鈍く輝く黒い髪、雪のように白い肌。

 謎の美少女こと――謎野映子である。

 俺は――彼女の屋敷の庭で眠っていたらしい。

 ただ、記憶が正しければ草むらに寝転がっていたと思うのだが――いつの間にか俺の頭は彼女の膝枕の上にあった。

「……続けて」

 寝ぼけ頭で思わず呟いたのはそんな一言。

 瞳に輝きのない少女は薄く微笑んだ。

 再び、美しい声で満たされる。

 まぶしい光の世界で。

 あるいは何も見えない闇の世界で。

 相手の姿が見えないそんな時であっても。

 私がここで歌うから、会いに来て欲しい。

 そんな歌で満たされる。

「この曲って、確か人工知能が歌ってるんですよね」

 やがて、歌い終わるとともに放った謎野さんの言葉に俺は苦笑した。

「いいや、別にそんなことはない」

「そうなんですか? 確か、そういうAIな歌手の歌だと伺いましたが」

「厳密に言えば、楽器が歌ってるみたいなものだよ。

 楽譜通りに、機械が音を出している。ただ、その音が人間の声を元にしてるだけ。

 人間の声で出来た楽器が演奏してるだけさ」

「それって、もう人工知能じゃないんですか?」

「違うな。そこに知能はない。ただ、楽譜通りの音を出しているだけ。

 それに――人工知能の絵がついてるだけ」

 サイボーグの歌姫――なんてものはなく、楽譜通りにパソコンが歌っているだけだ。

「そうなんですか。過分にして知りませんでした」

「もしかして――原曲を聴いたことがないのか?」

「ええ。仲のよい友達が歌っているのを聞いて覚えましたので」

「なるほど」

 謎野さんはなんのかんので深窓のお嬢様なのでこういう音楽には疎いようだ。

 俺はスマホを取り出して、ぱっと原曲を再生した。

 謎野さんは目を丸くし、耳を澄ませた。

「……やっぱり、人工知能が歌ってるんじゃないですか?」

「そう聞こえる? 並べられた音符通りに音を出してるだけなんだが」

「だって、ちょっと人間よりも甲高い声ですけれども、なんというか、歌に愛がこもってますもの」

 今度は俺が目を丸くする番だ。

「愛がこもってる?」

「ええ、たっぷりと」

「そう?」

「間違いありません。私にはそう聞こえます」

 珍しく自信たっぷりに断言する謎野さんがなんだか面白くて思わずにやけてしまった。

「そっか」

「あ、馬鹿にしてますね?」

「いや、悪い。違うんだ。これは――感心してるんだよ、うん」

「……本当ですか?」

 俺は彼女の膝枕の上で、にやつく。

「ロマンがあっていい。君がそう言うのなら、きっと人工知能が歌ってるんだと思うよ」

「やっぱり馬鹿にしている」

「いやいや、そうじゃない。歌は聴く人の心によって幾らでも変わるモノだ。

 さっきの曲を聴いて、愛がこもってると感じたのなら、君は愛情に溢れた人なんだと思う」

 ――もしくは、愛に飢えた人なのかもしれない。

「そうでしょうか」

 俺は彼女の膝枕の上であくびをした。

「――ごめん。眠いからもうしばらく昼寝していいかい?」

「ええ、存分に」

「せっかくだから、もう一曲何か歌ってくれ」

「では、同じく友人から教えて貰った曲を」

 春の日差しの中で、再び美しい彼女の歌声が響く。

 機械の少女の愛の歌を聴きながら、俺は再び微睡みの中へと落ちていくのだった。




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