3/21『物質主義×夜×破壊』

お題『物質主義×夜×破壊』


「夜ね」

「ああ、夜だな」

「夜ですねぇ」

 神妙な面持ちで語る学園のアイドルこと愛取姫子に俺と謎の美少女こと謎野映子が同意する。

 謎野さんのお茶会に呼ばれた俺と姫子はだらだらと謎野さんと話し込んでいたのだが、いつの間にかすっかり外が暗くなっていた。

「うちのモノに送らせましょう」

「……悪いけど、頼むわ」

 最初こそ謎野さんを一方的に敵視していた姫子だが、最近はなんだか素直になってきた気がする。どうにか二人は友人になれそうだ。

「じゃ、私は帰るけど、変なことはしちゃだめだからね」

「別に、そんなことは、ない」

「なにその歯切れの悪い言い方」

 言いよどむ俺に対し、姫子がめざとく突っ込んでくる。

「私達は恋人ですもの。何があってもおかしくはありませんわ」

「何もないのに意味深な笑みをするのはやめてくれ」

「……まあ、こいつが意味深に笑うのはいつものことだけど」

 姫子はじろりと何故か俺の方だけを睨みつつ、そっと去っていった。

「さて、私達も夕餉に参りましょう」

「そうだな」

 俺と謎野さんは豪邸内の食堂の方へ向かう。




「――はっ」

 気がつけば深夜。

 俺は飛び起きて、周りを見る。

 自分の部屋。

 パジャマ姿の自分。

 窓の外を見ると欠けた月が浮かんでいる。

 その下には謎野さんのいる豪邸。

 ――意識が飛んでいる。

 夕食の後、風呂に入って――その後の記憶が無い。

 今日は別にくたくたになるほどの運動とかしてないはずなのだが。

「――疲れていたのか」

 いや、無意識に疲れていたのだろう。精神的に。

 謎野さんとの生活は、楽しくはあるが、不穏との隣り合わせであり、俺は何のかんので神経をとがらせ、疲弊しているのかも知れない。

 物質主義的に考えれば俺は家が全焼する前より充実している。

 ずっとずっと贅沢で豊かな生活をしている。

 けれども、果たしてそれが満たされた生活かと言われると疑問だ。

 言ってしまえば謎野さんにおんぶにだっこの生活に引け目がないとは言い切れない。

 彼女に会ってから、俺は決定的な何かを破壊されている。

 そんな気がする。

 だが、どうすればいい。

 少なくとも、火災保険が降りるまでは俺の家族も新居に引っ越しできない。一応、今両親達は引っ越し先を探しているようだが、火災保険が降りるにはまだ時間がある。

「――――」

 一瞬、謎野さんを呼ぼうかと思ったがやめた。

 彼女に問うたところで何も進展するとは思えない。

 俺は俺で結論を出すべきだ。

 俺は謎野さんのことが好きだろうか。

 ――好きと言える。

 謎野さんの得体の知れないところに恐怖しているか。

 ――恐怖はない。緊張はあるかも知れないが。

 謎野さんに負い目を感じるか。

 ――とても感じている。

 一方的な支援は戸惑わざるを得ない。

 どうしたらこの負い目をなくせるか。

 ――俺は謎野さんへどう報いれば良い?

 分からない。

 空を見上げるも欠けた月は何も教えてくれない。

 銀貨の出所を探っても何も出てこない。

 結局、現状ではどうしようもないことしか分からない。

「とどのつまり、バランスの問題か」

 俺が今一番気にしているのは、そこらしい。

 何もかもバランスが悪すぎる。

 なんとなれば――俺自身を彼女に差し出すしかない。

 既に多くのモノを受け取っているのだから、彼女が望むならば望むモノ返さねばならない。

 ただ、そんな理由で彼女に近づくことはきっと彼女を侮辱していることになるだろう。

 思考が空転する。

 長い夜が俺を苦しめる。

 俺はスマホを手に取り、謎野さんへダイレクトメッセージを送った。

『起きてる?』

 返事はない。既読もつかない。

『いつもありがとう』

 途端に既読がついて、ハートマークが返ってきた。

 それ以上、何も返事は来なかった。

「…………」

 俺はさらにメッセージを送る。

『また明日もよろしく』

 しばらく間を置いて、返事が来る。

『はい、明日もよろしくお願いします』

 何のてらいもない、ただの文章。

 けれども、やっと適切な距離で会話が出来たような気がした。

『おやすみなさい』

『おやすみなさいませ』

 その日の夜は、ようやっと心安らかに眠れた。

 そんな気がした。




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