3/20『巨大×紫×レモン』

お題『巨大×紫×レモン』


「うわ、デカっ」

 思わず俺は謎野さんを見上げ、大声を上げてしまう。

「悪かったわね、小さくて」

 謎野さんの隣に立つ姫子がなにやら嫉妬に燃えた声を漏らす。

「いやいや。お前もデカいよ……というか」

 俺は思わずため息をついた。

「俺が小さくなってる訳だが」




 それは数時間前のこと。

 今日も今日とてこの俺――折野祭人、謎野映子、愛取姫子の三人は謎野さんの家の庭を歩いていたのだが、何故か洞窟を発見。

 好奇心からその先へ進むと古代遺跡のような神殿があり、そこにある謎のアーティファクトに触れた途端、俺の身体は縮んで手のひらサイズになってしまったのだ。

「というか、なんで、あんたの家の庭に古代遺跡があるのよ」

「分かりません。私も祖父にはそのような話を聞いてないですし、何かの間違いでは?」

「あるじゃん! 古代遺跡めちゃくちゃあるじゃん!! あんたの庭なんでもありか! マンガで金持ち設定のキャラは色々と設定が盛られていったりするけど、あんた完全にその系統ね!」

「ははは、まさかそのようなこと」

「なっとるっやろっがい!」

「おい、姫。めちゃくちゃくキャラ崩壊してるぞ」

 仮にも彼女――愛取姫子は学園のアイドルというべき学校一の美少女。こんな古代遺跡でマンガキャラみたいな作画崩壊していい存在ではない。

「しかも、なんかこいつ、もうレモンサイズに縮んじゃってるけど!」

「ははは、そんなこと――」

「なってるでしょうが! メチャクチャなってるでしょうが!」

 巨大な美少女二人の言い争いに手のひらサイズまで縮んだ俺が耐えられず、思わず耳を塞いでしゃがみ込む。

「ちょ、大丈夫?」

「大丈夫だ」

 声を上げるが巨大美少女二人には届かない。

 仕方なく俺はスマホを取り出し、ダイレクトメッセージを送った。

「え? 声が大きい、どこが?」

「姫子さん、祭人さんが小さくなってるから私達の声が大きく聞こえてるんですよ」

「あ、そっか…………分かってるわよそれくらい! 冗談よ冗談!」

 俺は再び耳を塞いでしゃがみ込んだ。

「姫子さん」

「……悪かったわよ」

 ようやっと小声で謝る姫子。

 幸いにして、俺には大声に聞こえたが。

「失礼しますね」

 ひょいっ、と俺の身体を掴み、自分の手のひらに載せる謎野さん。

「なんにしても、まずは祭人さんの身体をお直ししないと」

「……と、言っても何かあてはあるの?」

「もう一度、先ほどのアーティファクトに触って貰うとか」

 謎野さんは俺を手のひらに載せたまま先ほどのアーティファクトの前に俺を連れて行く。俺は謎野さんの手のひらの上からアーティファクトへ触れてみたが、何も怒らなかった。

 ぺたぺたと触ったがやはり何も起こらない。

「……どうするのよ? これじゃ困るでしょ」

「ええ、困りましたね」

 さすがに焦り声を出す姫子と、変わらぬ調子の謎野さん。

「安心してください、たとえ元に戻らなくても私は祭人さんを養い続けますよ」

「いやいや、ペットじゃないんだから。ていうか、別にこいつはあんたのものじゃないでしょ」

「――そうでしたっけ?」

「しれっ、と謎の言質を取ろうとしたわね」

「でも、私は祭人さんの彼女ですし、祭人さんのものですから」

「あーあー、そういう考え方嫌い。恋人になっても、相手の「モノ」になる訳じゃないでしょ。人を所有物みたいに表現するの大っ嫌い」

 姫子の言葉に謎野さんがきょとんとする。

「何よ?」

 謎野さんはにんまりとこれまた珍しく喜びを最大限に露わにして笑った。

「そう。姫子さんはとても高潔な方でいらっしゃいますのね」

「ったり前でしょ。人は人。たとえ、私が友崎くんと付き合うことになっても、私が友崎くんのものになることはないわ」

 姫子の言葉が謎野さんの琴線に触れたのか、謎野さんは大層嬉しそうに微笑んだ。

「そうですか。私は姫子さんの友人でよかったです」

「そう? そうでしょう? もっと喜びなさい」

 ふふんっ、と胸を張る姫子。

 なんというか、おだてれば幾らでも山に登るタイプだな。

 ――まあ、二人が仲良くなってくれるのはいいが、俺はどうしたものか。

 謎のアーティファクトをぺたぺたと触りながら俺は考える。

 俺たちがいるのは地下にあった謎の古代神殿の入り口部。

 奥に入ればまた何か分かるのかも知れないが、なにやら人外の不思議パワーに溢れてそうなのでうかつに入るのはためらわれる。

「……一度戻るか」

 俺はスマホに『戻るべきだ』とダイレクトメッセージを送る。

「え? いいの? そんな悠長なことで」

『時間経過でも治るかもしれないだろ』

「時間経過で戻られなくなる可能性もありますよね」

 謎野さんの言葉にちょっと背筋が凍りそうになる。

『映子さん、この神殿に書いてある紫色の文字とか読める?』

「そんな都合の良いことある訳無いでしょ」

「ええと『汝、この地に眠りし――』」

「読めるんかーい」

 何故か関西弁でツッコミを入れる姫子。今日はやたらキャラが崩壊している。

「いや、読める訳ではないのですが、意味は分かりますね」

「それって読めてることと何が違うのよ?」

「なんというか、心の中に意味が浮かび上がるというか、文字が語りかけてくるような感じですね」

「なにそれ怖い」

「で、意味は分かった?」

「レモン食べたら治るみたいです」

「は?」

「理由は分かりませんが、おそらくこの遺跡ではレモンが神聖なものだったらしく、髪の果実であるレモンを食べることでなんとかなるそうですね」

「ふーん。じゃあ近くのスーパーかなんかに行ってレモンでも買ってきましょ」

「いえ、レモンならここに」

 すっ、と懐からレモンを取り出す謎野さん。

「なんで持ってるの?」

「うちの庭の農園で取れたものです。先祖代々、何故かレモンを育てなさい、という家訓がありまして」

「絶対この遺跡がらみじゃないそれ」

「なにはともあれ、祭人さん。こちらを」

 地面に下ろされた俺の横に自分の身体と同じサイズのレモンを横に置かれる。

「全部食べたら戻れます」

「…………え」

 待て。簡単に言うけど。

『自分の身体と同じサイズの食べ物を全部食べないとダメなのか』

「はい」

『食べやすく調理とか』

「ダメです」

 結局、俺は数時間かけて全部のレモンをなんとか食べ尽くした。

 死ぬかと思った。

 もう二度と古代遺跡には近づかないと思った一日だった。




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