8/19『シャボン玉×槍×砂時計』

お題『シャボン玉×槍×砂時計』


「暇」

 口火を切ったのは相変わらず愛取姫子だった。

 学園のアイドルとも呼ばれるこの学校で一番かわいい美少女こと愛取姫子はただただ暇をもてあましていた。

「……友崎を口説きに行けよ」

「気分じゃない」

 彼女は俺の幼なじみである友崎に惚れているのだが、いまいちアプローチは進まず、なんだかんだで友崎を落とすために近づいた俺とつるむようになってしまっている。

 なんというか、色々と本末転倒な子である。

 そして俺たちは――とある豪邸の庭にいた。

 家が全焼した俺の居候先の庭である。

 山一つ分あるので時間つぶしにはもってこいという訳なのだ。

「では、こういうのはどうでしょうか?」

 音もなく俺たちの死角からするりと黒水晶のような瞳を持つ黒髪ポニーテールの美少女――謎野映子が現れる。

「なんだ、あんた居たの?」

「ええ、ここは私の家ですから」

「あー、そうだったわね」

 相変わらず謎野さんが出てくると姫子は機嫌が悪くなる。

 ――だったら来なきゃ良いのに。

「まあまあ、姫子さん。こちらを」

「……シャボン玉キット?」

 そう、謎野さんが持って来たのは――本格的な巨大シャボン玉キットだった。なんというか、テレビ番組とかでしか見たことがないような、金だらいと、ホースと、各種のフラフープみたいな輪っか達。

「ほら、このバケモノみたいな大きさって感じの金魚すくいとかよくないですか? これでシャボン玉の中に入った瞬間をみんなで撮影するとか」

「わー、SNS映えしそー」

「なんて興味のなさそうな声なんだ」

 姫子の言葉に俺は苦笑する。

「だいたい、そんな簡単にできるの?」

「出来ますとも。我が家では時々やってましたし」

「へー。ますますやる気がなくなったわ」

「姫子さーん」

 なんというか、謎野さんがこれだけ歩み寄ってくれてるのにこいつは何が不満なのだか。

「しっかし、すごいなこんな巨大なのマジで見たことなかったから少し触ってみるか」

「是非是非。祭人さんはなかなか器用ですから綺麗なシャボン玉作れると思いますよ」

 胸の前でぽんっと両手を合わせて謎野さんがヨイショしてくる。

 美少女に応援されたのならば応えるしかないだろう。

 巨大な金魚すくいもどきを手に取り、地面に置かれた巨大な皿に満たされた石けん水へ漬ける。

「よいしょぉっ!」

 勢いよく上へと引っ張り上げると鯉のぼりみたいな円筒形の巨大なシャボン玉のトンネルができあがる。

「まぁ、お上手!」

「おっし、映子さん来てきて!」

「はい、こちらに」

 音も無く謎野さんが俺の側に歩み寄る。こんな時でも謎野さんは謎の歩法だ。

「そぉっれ」

 と、謎野さんの頭の上から巨大金魚すくいもどきを貫通させる。

 すると、シャボン玉のトンネルは綺麗なアーチを描いて謎野さんを包み込んだ。

「意外と簡単にできたな」

「祭人さんがお上手なんですよ」

「よし、写真でも撮ろうか」

「はい、よろこんで」

「そぉぉぉぉぉぉいっ!」

ぱぁぁんっ

 シャボン玉のアーチ越しに会話していた俺たちだったが、突如飛来した槍によってシャボン玉のアーチを破壊されてしまった。

「うぉぉいっ! 何すんだよ!」

「あらごめんなさい。つい、変な虫があんたの背後を通ったのを見て。たぶん、無事に倒したと思うから感謝しなさい」

「絶対嘘だろ。というか、今の槍どこから持ってきた!?」

「なんか、その変に置いてあったわよ」

「そんな訳あるかよ!」

「まあ、屋敷にある槍投げ用の槍が庭に落ちてたのかしら」

「そんな訳あるんですね。分かりました」

 謎野さんが言うのならそういうこともあるのだろう。

「お前、うらやましいならこっちに来いよ」

「ヤよ」

 歯を食いしばりイーッと反対の意を示してくる姫子。

「では。今度は私が」

「お、どうぞ」

 姫子さんに巨大金魚すくいもどきを渡すと慣れた手つきで彼女は金だらいから巨大なシャボン玉のトンネルを作り上げた。そのまま、まるで舞うように巨大金魚すくいを振り回し、巨大な竜のごときシャボン玉のトンネルを作り上げる。

「……すげぇっ」

「ふふふ、昔取った杵柄ですよ」

 と、微笑みながら謎野さんは巨大金魚すくいを振り回す。結構な距離を移動したにもかかわらずシャボン玉のドラゴンは割れることなく、最後に俺の身体をすっぽりと上から呑み込んだ。

「つーかまえた」

「捕まっちまったなぁ」

「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁ、なんかそこにクマンバチ的な何かがぁぁぁっ!」

 俺と謎野さんの間を姫子がぶん投げた砂時計が通り過ぎ、ぱぁぁっん、とシャボン玉のドラゴンは弾けた。

「おい、姫」

「姫子さん」

「クマンバチよ、クマンバチ。たぶんクマンバチが居たから! ホントにたぶん絶対、メイビー・マジで」

 俺と謎野さんに睨まれさすがの姫子も言い訳に回る。

「よし、やってみろ」

「え? いや、私はいいって」

「ほらほら、ちょっとだけですから」

「むかつくわねその余裕面。絶対嫌だって」

 嫌がる姫子に謎野さんはそっと呟く。

「もしかして、シャボン玉作れないんですか?」

「馬鹿ね! これくらい私は簡単にできるっての! よーし、そこで二人見てなさいよ!

 ああやってやろうじゃないの! こうやってぇぇぇ、石けん水かなんかにつけてぇぇぇっ! そして持ち上げるっ!」

パァァンッ

 姫子の作ろうとした巨大シャボン玉は一メートルも伸びないうちに破裂した。

「うわ」

「……あらぁ」

「いやいやいやいや。待って。今の無し。ね。今のはノーカン。ホント。レンシュー、よ。レンシュー。

 見てなさい。よぉくね。

 行くわよ。行くわよ。こう、ゆーっくりと」

パァァンッッ

 おっかなびっくり持ち上げた巨大金魚すくいについていたシャボン玉はあっさりと破裂した。

「よし、他の奴試しましょうか」

「そうだな。このフラフープとかよくないか」

「ちょっとぉ! 慰めなさいよ!」

 触れるのも気まずいと思ってあえて流したら今度は半泣きで抗議してくる姫子。

「なんというか、お前」

「不器用だったんですね」

「まあ知ってたけどさ」

「うっさい! シャボン玉が作れなくても死ぬことなんてないでしょ! ばぁかばぁか!」

「お前、どんどん知能指数下がってないか?」

「ほらほら、姫子さん。私がお手伝いしますから、こうして――」

 と、謎野さんが姫子の身体に半身を合わせ、すっと巨大金魚すくいもどきを持ち上げた。

 するとあっけなく巨大なシャボン玉のトンネルができあがる。

「あっ! あっ!」

「いいですか、手を離しますよ」

「待って。ちょっと。いや、私一人で大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ。手を離しますよ」

「え、ちょまっ」

パァァンッッ

 謎野さんが手を離した途端、シャボン玉は無情にもはじけ飛んだ。

「…………」

「…………」

「……おのれぇ」

 流石に言葉を失う俺たちと、舌打ちをする姫子。

「よぉぉぉし! こうなったら出来るまでやってやるわっ!」

「まあ」

 決意を新たにする姫子の横で微笑む謎野さん。

「よし、やるか」

 かくて高校生にもなって俺たちは夕方までシャボン玉を作って遊ぶこととなった。

 なお、最後まで姫子はシャボン玉をまともに作ることが出来なかった。




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