3/18『絹糸×アルコール×台風』

お題『絹糸×アルコール×台風』


「……遭難したと思ったら、次はこれか」

 豪雨の中、俺達は陸の孤島に取り残されていた。

 つくづくついてないことが続いている。

「あんた、なんかお祓いでもした方がいいんじゃない? 悪霊でも取り憑いてるでしょ、絶対」

「あら、意外と愛取さんはロマンチストなんですね。今時、幽霊なんて信じてるなんて」

「むしろ、あんたが幽霊信じないタイプなのは意外ね。あんたこそ悪霊みたいな見た目してる癖に」

 俺を挟んで両隣にいる愛取姫子と謎野映子が視線をぶつからせる。

 ある意味では両手に花、みたいなシチュエーションではあるが、どちらかというと修羅場に近い。

 方や学園のアイドルとも呼ばれるうちの学校随一にかわいい美少女、愛取姫子。

 方や、すべてが謎に包まれた、妖艶なる漆黒の美少女こと謎野映子。

 二人は様々な違いから対立するに至ったのである。

 ――というか、愛取が一方的に嫌ってるだけだと思うのだが。

 謎野さんはおおむね愛取の嫌悪感を片っ端から受け流しているように見える。

 なにはもあれ、俺たちはとあるバス停で立ち往生していた。

 台風がくるからと言うことで午後から高校が休校になり、帰る途中だったのだが、なんのかんので色んな不幸に見舞われて、何の因果か俺たちはバス停で三人きりで足止め状態。

 右には機嫌を損ねていらいらしている愛取、左には俺を迎えに来た謎野さんがニコニコと座っている。二人とも何故か俺の腕を抱きかかえて放さない。

「……今大岡裁きをされたら死ぬしかないので、二人とも腕を放してくれないか?」

「なによ、大岡裁きって」

「あら、ご存じありません? 大岡越前。聖書にも似たシチュエーションありますけど」

「あんたには聞いてないわよ」

 謎野さんにいちいち突っかかるので仕方なく俺が解説する。

「とある母親が子供の親を主張して裁判する話だよ」

「へぇ」

「で、お奉行はこう言うんだ。『子供を両側から引っ張って、引き寄せた方が本物の母親とする』ってね。それで子供を女性が全力で引っ張り、見事に子供は真っ二つに裂けて死ぬんだよ」

「こわぁ」

 本気でビビる愛取に対し、反対側で謎野さんがぷふぅ、と吹き出し、ころころと笑う。

「ちょ、え、何笑ってるのよ! 今の話で笑うところあった?」

「――という今の話は嘘だ」

「え?」

「本当は、流石に途中で片方の女が手を離して子供は助かる。で、手を離さなかった方の女が勝利を確信するのだが、奉行は『本物の母親なら子供が痛がれば手を離すに決まっている。お前は偽物である』と判定して、手を離した方の母親が本物だと見抜くんだよ」

「は? 何言ってるのよ? 本物の母親ってのは子供がどれだけボロボロになろうが気にせず絶対に子供を独占し、手放さないものよ。変な作り話つけたすのをやめなさいよ」

 愛取の言葉に俺と謎野さんはきょとんとして目を合わせる。

 彼女の言葉には変な冗談を言おうという気はなく、本当にそう思っているらしい。どれだけ子供が傷つこうが、母親は子供を縛り付けるものだ、と。

「それは実体験からの感想か?」

「どこの家もそうでしょ?」

 何当たり前のこと聞いてるの、という愛取の態度に俺は何かを言いかけたが、首を横に振る。

「いや、人それぞれだな。手を離す方の母親もそれなりにいる」

「ふーん、欲のない母親もいるのね」

「少なくとも、うちの母なら手を離すと思いますね」

「幽霊女には聞いてない」

 ぷいっ、と愛取が顔を逸らす。本当に謎野さんのことが気に入らないらしい。

 バス停の外は相変わらず豪雨で、何故かバスも全然来ない。

 ――いつまで俺は両側から抱きつかれていないといけないのだろう。

 少なくとも、愛取は俺の彼女ですらないのだが。

 完全に負けず嫌いが先行して謎野さんへのライバル意識だけで行動している。

「謎野さん、家に迎えを呼んで貰うことは出来るの?」

「ええ、そうですね。せっかくだから使いの者を呼びましょうか」

「げ、あんた達だけ先に帰るつもり?」

「いや、流石に家まで送るよ」

「この女に借りは作りたくない」

「俺が謎野さんに頼むんだから、謎野さんじゃなくて俺に借りを作るもんだろ」

「……ならいいか」

 ――いいのか。

 意外と許してくれたので謎野さんには家に連絡してもらい、屋敷の誰かに向かえに来て貰うことになった。

 とはいえ、謎野さんの家は遠い。迎えの車が来るにしても四十分はかかるだろう。

「はぁ……ともかくだ。いい加減、映子さんと仲良くして欲しい」

「嫌よ」

「なんでまた」

「生理的に無理なものは無理」

「……具体的な理由はないのか」

「生理的に無理ってかなり具体的な理由じゃない?」

「――俺からするととても抽象的で根拠としては弱いな」

「それはあんたの意見よね」

「どっちも客観的な意見に欠ける、と言われると困る話だ」

 色々と面倒になってきた。それこそもう少し年を食って、しまえばアルコールでも飲ませて、酔わせてしまえば簡単に本音を聞き出せるのかも知れないが、なかなかそうもいかない。

 絹糸のごとく、細い幾つもの事象が絡まり合って、愛取は謎野さんを嫌っている。

 その絡まり合った糸を解きほぐすのはなかなか難しそうだ。

「……では、こうしましょう」

 傍らで聞いていた謎野さんが人差し指を立てる。

「愛取さんと祭人さんもファーストネームで呼び合うというのはいかがでしょうか」

「……は? なんで? 話違うでしょう、映子さん。絶対話逸らしてますよね」

「そうでしょうか。私達だけ下の名前で呼び合うからフェアじゃないのかな、て」

「幽霊女あんた……たまには良いこと言うのね」

 まさかの肯定。

「え? 乗り気なの? 意外!!」

「は? いいじゃない。なんかこう、他人行儀だし。はい。よし。呼び合いましょ。それで。行きましょ」

「マジか」

「ふふふ、良かった」

 ――何も良くない気がするのだが。

「えっと、姫子さん?」

「……なんか可愛くないわね」

「お前の名前だろう。どうしろっていうんだ」

「姫子様で」

「お断りする」

「え? せっかく譲歩したのに」

「様付けのどこが譲歩だよ!」

「けちくさいわね。えっと、――映子もそう思うでしょ」

「姫子さんでも充分かわいらしい呼び方だと思いますよ」

「なんかねー、気に入らないのよね」

「面倒くさい。もう姫でいいだろ」

 投げやりに俺が言い捨てると愛取はそれだ、と言う顔をする。

「いいじゃない、姫で行きましょ」

「――いいのか」

「はい、決まりー。これからあんたは私のこと、姫って呼ぶのよ」

 ――まあいいか。

「分かった。で、お前も俺のことを下の名前で呼ぶのか」

「え? ああうん、そうね。ええ。えっと、うん」

 自分の番になった途端にしどろもどろになる愛取。

「祭人さん、て言うのが恥ずかしいのかしら?」

「馬鹿にしないでよね! それぐらい言えるわよ! えっと、ほら。さい、さい……」

 だが、たった三文字のはずが不思議と彼女は言葉が続けられない。

「さい……さ、さ……えっと」

 結局、この日は愛取が俺の名前をファーストネームで呼ぶことが出来ないまま終わった。




「……なんだったんだこれ?」

「ふふふ、なんだったと思います?」

 愛取を家に送り届けてから、帰りの車の中で俺は謎野さんへ質問するが、ただただはぐらされる。

 そうして俺たちは季節外れの台風に振り回されたのだった。




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