3/17お題『ウサギ×一卵性×虹』
お題『ウサギ×一卵性×虹』
「見て、虹よ」
愛取は空を見上げ、静かに告げた。
「そうか。虹か。つまり――」
俺たちは顔を見合わせる。
「つまり――どこだろうな、ここは」
俺たちは、道に迷っていた。
学園のアイドルこと愛取姫子はそのかわいらしい顔を歪ませ地団駄を踏んだ。
「ああもう! なんでここスマホの電波も届かないのよ!」
「まさかこんなことになるとはな」
「あんたのいつもの必殺の豆知識でなんとか出来ないの?」
「虹が出るのは日本の緯度だと夕方か朝方だな」
「その豆知識が何の役に立つって言うのよ!」
「…………」
俺はしばしば首を傾げ、考え込む。
「立たないな」
「そりゃそうでしょうよ! あぁぁぁぁもぉぉぉぉ!」
学校ではおすまし愛されキャラとして有名な女子とは思えない濁った悲鳴を上げ、愛取は何度も何度も地面を踏みしめる。
「仕方ない。ここは一つ助けを呼ぶしかない」
「……待って。まさかあの女を呼ぶの?」
「他に誰がいると?」
「――嫌よ。あいつと顔をあわせるの」
「何言ってんだ。ここは――謎野さんの家の敷地じゃないか」
そう、俺たちは謎野さんの家の庭で遭難していた。
俺は今、謎の美少女こと謎野さんの大豪邸に居候になっているのだが、その敷地面積は広く、普通に屋敷の裏にある山一つがすべて彼女の家の裏庭である。
俺たちは謎野さんの謎を探るべく、無粋だとは思いつつも好奇心に負けて裏庭を散策していたら、途中で野ウサギを発見し、テンションの上がった愛取が野ウサギを全力で追いかけ回した結果、ものの見事に遭難したのである。
「でもまぁ、太陽の位置と時刻を考えると、おそらくあっちの明るい方が西側だろう」
「と、言うことは?」
「南側――こっちに向かえばたぶん下山出来るんじゃないか?」
「裏庭を下山するとか、金持ち舐めてたわね」
「俺としては、とっとと助けを呼びたいのだが」
謎野さんは謎の美少女なので俺が呼べばすぐ駆けつけてくれる。
おそらく遭難しているこの現状においても、間違いなく来てくれるだろう。
「ねえ、何度も同じ話して悪いんだけどさ――」
「おう、何度も言うけど女は少しくらいミステリアスな方が好みだ」
遭難しながら何度も同じ質問をしてくるので、もはや質問が来る前に答えを言い返してやる。すなわち、「あんな女のどこがいいのよ」問題に対する回答である。
「はぁぁぁぁ!?」
「何度も同じキレ方するのやめてくれないか?」
「納得のいく説明をしてくれないから何度でも同じ質問してるんでしょうが!」
「そうやって自分の欲しい答えが出るまで質問を強要していくのお前の悪い癖だよ」
「うっさいわね! 私はかわいいからみんな私色に染まってくれるのよ!」
「それは独りぼっちと変わらんだろうが」
「――ぐ。自分に都合のいい人間で脇を固めて何が悪いのよ」
「別に。だったらなんでお前は俺たちへ声かけてくるんだよ」
そう、学園一の美少女たる愛取の周辺には彼女の言うことを幾らでも聞いてくれる人が沢山集まっている。だがそれでも彼女はまったく言いなりにならない俺と、俺の幼なじみの友崎へと突っかかってくる。
答えは明かで、イエスマンに囲まれることに彼女自身が飽きている。だが、それはそれとしてわがままが通らないのは大変お気に召さないらしい。
「そんなの――友崎くんが好きだからに決まってるでしょ」
「そっか。ならあいつのどこがいい?」
「顔」
「他は?」
「目、口、耳」
「顔から離れよっか」
「首元」
「たぶんそれも顔だな」
「鎖骨」
「攻めてきたな。ん? お前いつあいつの鎖骨を見たんだ?」
「体育の時間に鎖骨くらい見ることもあるわよ」
「そうか? そうかもしれないか」
なんだか納得がいかない気もするが気のせいだろう。たぶん。
「まあなんにしても、俺が愛しの友崎じゃなくて悪かったな」
「別に、あんたのことも嫌いじゃないわよ。むしろ好感があるわね」
「へぇ。それは初めて聞いたな」
意外な言葉に俺は思わず耳を澄ませる。
「なんていうか、あんたは友崎くんとは似ても似つかないけど、魂は一卵性双生児のように似てるもの」
「時々にたようなこと言われるが、俺たちってそんなに見た目以外は一緒か?」
「少なくとも、腹の据わり方はとても似てるわね」
「なんだそりゃ」
でもまあ、なんのかんのであいつとはガキの頃からずっと一緒だったのだから似るのは当然といえば当然だ。
「なんで今更そんなことを」
「あんたは彼女持ちになったからね。前以上につるむのが気軽よ」
「まあ、そうか。男子と女子じゃあ、友情が簡単に恋愛に発展しやすいからな」
彼女持ちの男ほど女子にモテる、などと言う話をよく聞いたりもするが、あれは単純に、近寄っても勘違いされにくい、というのが多分に働くのだろう。
「ただ、それでも友崎くんに似てるあんたがあの女が好きっていうなら、友崎くんもあの女に」
「それはないっての。ていうか、あいつが俺から何かを取り上げるなんてことはない」
「そうなの?」
「そうだよ」
「信頼してるのね」
「長い付き合いだからな」
おそらくは俺たちはこれからもずっとつるんでいくのだろう。
大学に行っても、大人になっても。
愛取とはどうだろうか。
分からない。
謎野さんとはどうだろう。
下手して結婚することになるのだろうか。
なんのかんので同居までしているが。
それでも――なんというか謎野さんとそうなる未来が全く予想出来なかった。
「お、見ろ」
雑談をしているうちになんとか遊歩道に出た。
「……助かった」
「ここからならすぐに屋敷に戻れるな」
「はぁ……なんか今日はもう色々と疲れた」
「半日山に遭難してたからな」
「……おぶって」
「は?」
「何よ。疲れたのよ。あーあー、もう歩けない。誰かさんのせいで。もう一歩も動けない。だっこしてー。おぶってー」
――こいつ、安心した途端にわがままが加速しやがって。
「映子さん、いるかい?」
俺が呼びかけると夕焼けの遊歩道の脇に黒い靄が現れたと思ったら中から漆黒の美少女こと謎野映子さんが出現する。
「はい、こちらにいましてよ」
「げぇっ! 真っ黒女」
「映子さん、彼女はお帰りらしい」
「あらまぁ。では、有野に送り届けさせましょう」
映子さんが手を挙げるとどこからともなく老執事が現れ、音も無く愛取を舵機掛かるえると屋敷の外へと運び始めた。
「ちょっ、待ちなさいよ。この……覚えてなさい!!!」
彼女の断末魔が響く。
「じゃあ、夕飯にしましょうか」
「そうだね映子さん」
かくて俺たちの遭難は終わったのだった。
了
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