3/16『合成樹脂×扉×現世』
お題『合成樹脂×扉×現世』
「アンチ・プラスティック教徒?」
頭おかしい言葉を耳にして俺は首を傾げる。
「ええ、最近多いらしいですよ。アンチ・プラスティック教徒」
対面の席に座るのは俺の彼女にして居候先の美少女こと謎野さんである。
常にただならぬ瘴気を全身から発しており、光のない深い闇のような黒い瞳はその場にいるだけでミステリアスな雰囲気を漂わせる妖艶なる美少女だ。
「レジ袋を有料化にしたり、今度は使い捨てのスプーンやフォークを廃止にしようと企んでいるのだとか」
「ただの陰謀論じゃねーか」
「ええ、全くその通りです。別にそういう宗教があるわけではありませんよ」
「現世利益を求める何かのカルトがプラスチックを敵視した意味分からん教義をかざして暴れているのかと思った」
「そんな面白いことが起きてるなら是非みたいものですね」
俺の冗談にふふふ、と謎野さんは笑う。
俺たちは通学路の途中にある喫茶店に居た。
正直、喫茶店という場所の使い方を俺はよく知らず、なんでこんな場所に行くのかよく分からなかったのだが、謎野さんに連れられて気づいた。
どうやら喫茶店とはデートに使うものらしい。
――いや、一人客もいるし、女の子のグループがダベってたりするので、デート限定ではないか。
まあ、たわいのない話をしながら時間をつぶせる場所、くらいに思っておけば良いか。
正直、飲食店は腹が減ったら入る場所というイメージが強くて、朝飯・昼飯・晩飯以外でこんな場所に入るのはどうにも違和感がある。
「……あら、私とのデートは楽しくないですか?」
「いや、喫茶店なんかに来るのは初めてで、勝手が分からない」
「おやまぁ。それでは今まで学校帰りにどこかによったりは?」
「まっすぐ家に帰るタイプだしな。朝昼晩の食事以外での間食も取らない主義だ」
「健全ですねぇ」
「アンチプラスティック教徒とかいう意味分からない奴らよりはよっぽどな」
「でも、人は誰しもそれっぽい話に食いつきやすいものですよ。後、大きな力を持つ権力者を叩ければそれでいいって」
「ふーん。謎野さん家もそんなことあるのか?」
「ふふふ。ご想像にお任せします」
妖しく笑う謎野さん。
――まあ、謎野さんに正面切って石を投げられるような奴はいなさそうだけど。
「今、失礼なこと考えてませんでした?」
「お、分かるか?」
「顔に書いてますよ」
「嘘だね。カマをかけただけだろう」
「いえいえ、祭人さんのこと、これでも少しは分かるつもりですよ」
「ほう」
「なんたって、恋人ですからね」
すべての光を吸い込む漆黒の瞳が俺を見つめてくる。
「おっとさりげなく俺の名前を呼んだな」
「いけませんか」
「大歓迎だよ、映子さん」
対抗してファーストネームを呼び返す。
謎野さんはまぁ、と笑いながら両の頬を抑えた。とはいえ、彼女の雪のように白い肌はあまり赤く染まったようには見えなかったが。とはもあれ、恥じらうような所作は美しいものだった。普通人間ならばきっと恋に落ちるに違いない。
――いや、恋人の俺がそんなことを思うのはおかしいか。
俺は、彼女と付き合うのを面白がってやってるのだが、果たしてこれが本当に恋人関係なのかはよく分からないところだ。
彼女が俺に近づいた理由も、意味も、何も分かっていないのだから。
「では、二人でファーストネームを呼び合ったので、今日は記念日ですね」
「こんなことくらいで記念日にしてたらカレンダーが記念日で埋まってしまう」
「せっかくだしどこまで埋まるかチャレンジしましょうよ」
「どうかな。一年も俺たちの関係が持つ自信はあまりないね」
「あら、祭人さんは一人と長く付き合うタイプの人だと思ってましたけど」
「君が、俺に飽きる方が早いかもしれない」
「まさか。私はずっと祭人さんのファンですよ」
――どういう意味だろう。
「昔、どこかで会ったことが?」
「いいえ」
意味ありげに笑う謎野さん。実によく分からない人だ。
俺は別に有名人でもなんでもないのだが。
「映子さんは名前に反して謎ばかりだ。名字通りではあるけれど」
「ミステリアスな女は嫌いですか」
「新しい扉を開いたって感じだな」
「と、いいますと?」
「君と出会って、そういう女も好きになったかな、てこと」
「お上手ですこと」
微笑む謎野さんに俺は苦笑する。
「今のはちょっと本気だったのだが」
「もちろん」
彼女は両手をそっと重ねてころころと笑う。
「私も本気ですよ」
妖しく笑う彼女の瞳からは何も探れない。
果たして、俺は彼女のことをどこまで知ることが出来るのだろう。
何も分からないまま、結局その日はだらだらと時間を潰して、二人で帰った。
おそらくは、正しく喫茶店を使えたと思う。
了
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