3/12『生物兵器×大樹×天国』

お題『生物兵器×大樹×天国』


 この俺、折野祭人は家が全焼した!

 意味の分からないままに彼女の謎野さんの豪邸で一夜を明かしたが、あまりにも怪しいので俺は豪邸を抜け出し、今後の方針を決めるべく親との合流を図るのだった!




「――ということがあって、金持ちがうちの豪邸貸すから住まないか、て言ってきてるんだけど」

「え、ちょーラッキー」

「んな訳あるか、この馬鹿ファザー!」

 脳天気な回答をした父に思わずツッコミを入れようとしたが、対面の席だったので手が届かずやめにした。

 俺たちは家のあった場所の近くにあるファミレスで合流していた。

 昼食を食べつつ、今後の方針について打ち合わせ中である。

「いやいや、待て息子よ」

「おう、待つぞ、父よ」

「裏があったとしても、うまい話があるなら乗っかりたいと思うのが人間じゃない?」

「ノリがかっるぅい」

 我が父ながらなんていい加減な男なんだ。

「へい、マイワイフ! 君はどう思ってるんだい?」

「いや、あからさまに怪しいでしょ」

 母は冷静だった。

「え」

「ほら。やっぱり常識で考えろよ」

「常識で考えるのつまんないしぃ。ていうか、もう泊まる場所考えるの面倒くさいし、止めてくれる場所があるならそこに俺は行きたい。ついでにお前の彼女とやらも見たい!」「こいつ……これでもいっちょまえの社会人なのか」

 あまりにも無責任発言に俺はため息をつく。

「なあ、母さん」

「うちもあんたの彼女は見たいわね」

「そこは自重してくれ。そのうち連れてくるから」

「ていうか、豪邸が見たいぞー! この馬鹿息子! お前だけいい思いしやがって!」

「いやいやいや」

「ていうか、父さんな。気づいてるからな」

「何が?」

「今、お前が来てるシャツとかズボン、どれも十万円以上する奴だからな」

「え?」

 はっ、と気づく。

 そう言えば今来てる服はすべて謎野さんに用意して貰ったものだ。めちゃくちゃ気安いし、通気性も良い。肌触りもよくてなんだかいつもより動きやすいと思っていたが――。

「あやかりたい。金持ちの恩恵にダディもあやかりたいんだよぉ!」

「いやいや。待て待て。あの一家絶対に怪しい。アダムスファミリーかなんか見たいな幽霊一家かもしれないし、捕まったが最後、生物兵器の実験台にされるかもしれないし」

「生物兵器だと!?」

 俺の一言に父はごくりと息をのむ。

「ええやん。俺、仮面ライダーとかすごく好きだし」

「ポジティヴ・ファザー、うぜぇ」

「いやいやいや。きいてる限りどう見ても玉の輿だし。乗っちまえよ、玉の輿によぉ」

 ――こいつ、火事による被害でいつも以上に脳天気になって判断力が低下している。

「……決を採ろう。謎野さんの家に滞在するべきだと思う人」

 さっ、と父と母の手が上がる。

「え!? 母さん!?」

 予想外の裏切りに俺は思わず目を見開く。

「サッチャン、我が家の犠牲になって頂戴ね」

「それが母親の言う台詞かぁ!」

 思わず何かのアニメっぽい台詞を吐いてしまう俺。

「サックンよぉ、腹くくれよ。その金持ちの女の子に手を出したんだろ」

「いや、まだ手は出してないよ」

「早いところ出しておけよ、サックンよぉ」

「訂正の仕方おかしい」

 ――くそ、まともだと思ってた母まで謎野邸に行きたがってるとか予想外だ。

「……よし、分かった」

「おう、分かってくれたかい?」

「一旦、泊まるかどうかの判断は保留にしよう」

「なんでだよ」

「代わりに、まずは二人に謎野さんを紹介する」

「盛り上がってきたな」「おぉ」

 俺の言葉にテンションを上げていく二人。家が全焼してるのに結構図太いなこの人達。

 俺は指をパチン、と鳴らして呼びかけた。

「謎野さん」

 するといかなる力が働いたのか、ファミレスの俺たちが座っている席の近くに黒い靄のようなものが現れ、その中からするりと音も無く黒髪の美少女――謎野さんが現れた。

「紹介するよ。俺の彼女、謎野さん」

「謎野映子と申します。お父様、お母様、初めまして。以後お見知りおきを」

 ぺこり、と謎野さんが完璧な所作で礼をする。

「え、何その格好いい出現方法」

「父さん、光属性の私達にああ言うの無理よ」

「くっ、せめて光と闇の二重属性持ちに生まれたかった」

「いやいや、そんな属性設定今までなかっただろ。夫婦で変な設定作るのやめてくれよ」

 ゲーマーの親はこれだから困る。

「えっと、初めまして、折野の父です」

「母です」

「「二人合わせて折野夫婦でーす」」

 親たちのしょうもないノリに優しい謎野さんはくすくすと上品に笑う。

「素敵な親御さん達ですね」

「いや、気を遣わなくて良いよ、謎野さん。うちの親がおかしいことくらい俺も知ってるからね」

 友崎の家も親がこんな感じだったので小学校高学年になるまで気づかなかったけど、うちの親はかなりノリがおかしいのだ。

「ともかく、どうぞ座って」

「はい、ありがとうございます」

「で、謎野さんと言ったね。うちの息子とはどこまで――」

「ちょっとそういうことは息子がいないところで訊かないと」

「息子がいない場所でも訊くのはやめてくれ」

 ――ダメだ。母さんがブレーキ役として何の役にも立たない。

 普段はもう少しブレーキ役をしてくれるのに。やはり母も家がなくなって疲れているのだろうか。

「俺もね。一家の大黒柱として、大樹のごとくどーーーんと構えて居たかったけどね。やっぱり火災保険が降りるにしても時間かかるんだよね。

 お嬢さんの家に迷惑がかかるのは大変申し訳ないと思うのだけれど、出来れば甘えさせて欲しい」

「人の彼女になんてこと言い出すんだこの人」

 初対面の年下の少女に弱み全開でさらしていきやがる。

 ていうか、気づかないのか、この二人。

 謎野さんのこの圧倒的な、彼女の身に纏う闇のようなオーラを。

 優しく儚げに微笑んでるけど目の瞳には一切の光はないし、たぶん俺と同じくらいの年齢のはずなのにラスボスのようなオーラを醸し出しているのに。

 いや、もしかしたら謎野さんの放つこの圧倒的な瘴気のようなもの、もしかしたら常人には感じられないのかもしれない。

 ――常人には感じられないってなんだよ。

 我ながら意味の分からないことを。だが、うちの両親の反応からすると、二人には謎野さんがただの美少女にしか見えてないように見える。

 ――くっそ、このままだと謎野邸に滞在することになってしまう。

 それだけはなんとしてでも避けたい。

 ――この話には絶対に裏がある! 絶対にまともじゃない!

《ねえ、サッチャン。この子だけど》

 と、母がスマホにダイレクトメッセージを送ってくる。

 ――そうか、我が母、一見謎野さんを肯定しているように見えて裏で危険信号を送ってきてくれるのか。

 そう思った俺だったが、続く文章を見て絶望した。

《天国を追い出された堕天使のような風貌で闇かわいいわね》

 ――謎野さんのヤバイ雰囲気に気づいてるじゃねぇか!

 とはいえ、俺も謎野さんのヤバイ雰囲気が気に入ってお付き合いして欲しい、て言ってしまったのでこれは完全に遺伝だ。

 我が母も、そもそも父親の危なっかしいところに惚れたらしいし。

 ――終わった。

 俺はすべてを理解した。

「謎野さん」

「はい」

「しばらく世話になります」

「よろこんで」

 謎野さんはとてもいい笑顔で頷いた。




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